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 11月30日(土)
   目が覚めたら午前7時半近くだったので、家内は階下で昨日買った高い食パンを焼いて朝食を食べていました。私
  は表に新聞を取りに行ってから温度計を見たら、
2℃で今冬一番の冷え込みでしたが、日の出前はもう少し低かったか
  もしれないと思いましたが、どうやらずっと同じような気温だったらしいです。
   昨日、家に帰った時に今日の午前9時20分から
「椿と小品盆栽展」開催の案内状が入っていて、小品盆栽会会長の
  
F.Hさんが直筆でぜひ出席してほしいと書いてあったので、家内と一緒に午前9時過ぎに顔を出すつもりで行ったら、
  玄関を入った所に受付があり、芳名録に記帳し部屋に入ると中央に
”桃樹会結成式”と言う式次第が張ってあり、周囲
  に小品盆栽会のメンバーのミニ盆栽の作品が展示してありました。
 来ている人達は私も家内も顔馴染の人たちが多く、
自治会の会長のK.Aさ
 ん
をはじめ各団体の会長をしている人達も揃って来ていたので、F.Hさん
 
が自分が指導して始めたミニ盆栽を作る会を”桃樹会”と命名して自治会
 の認定団体にする為に皆さんに声をかけて結成式を開いたと思いました。
 午前9時20分に
F.Hさんの挨拶で始まり、来賓の伊藤太市長丹羽秀樹衆
 議院議員
梶田正直市会議員等が祝辞を述べた後、K.A自治会長と諸団体
 を代表して
K.T桃栄会会長が挨拶しましたが、小さな同好会の発足式にこ
  れだけの人達が来ると言うのは
F.Hさんの今までの色々な方面での活動が評価されたのかなと思いました。
   午前10時過ぎに式典が終わってから展示してある作品を見ましたが、小さな鉢の中に色んな種類の木があり、花や
  実を付ける木もあり、紅葉したりする木もあって面白いと思いましたが、焼き物が好きな私は木だけでなく、木を植え
  てある鉢にどんな焼き物を使っているのか興味があるのでそちらの方に目がいきます。
    
   帰る前にお茶席も用意してあると言われたので、家内と一緒に抹茶をいただきましたが、久しぶりに飲むお茶は新
  鮮な感じで、お茶菓子の麩餅を食べた後で飲むととても美味しいと思いました。
   帰りにお土産で自分の好きなツバキの苗を1本貰えるというので、家内は
”錦キリン”というツバキを貰って来ました
  が、写真を見ると花びらに錦が入るような花だったので、何とかうまく育ってほしいと思いました。



 11月29日(金)
   午前6時半過ぎに起きて階下に降りていくと、早出なのか、次男が既に朝食を食べていました。新聞を取りに表に出
  ると、朝の寒さを久しぶりに感じたので、温度計を見ると
3℃だったので、今シーズンの最低気温と同じだと思いまし
  たが、昨日のゴルフ場の寒さよりは風がない分良いと思いました。
   今日は家内が特に予定がないので、23日(土)から始まっている
「再興第104回院展」を見に行こうと言うので、午
  前9時半頃に家を出て、会場の松坂屋南館の7階にある
「松坂屋美術館」に行きました。

 毎年の事ですが、院展は平日でも大勢の人が来ていますが、今日もその
 例にもれず、私達が着いた午前10時半過ぎには場内には次々と熱心なフ
 ァンが詰め掛けていました。
 会場に入ってすぐにポスターや作品集の表紙に使われている
村上裕二
 《月のブルース》
という小品の絵がありましたが、私は何となく好きだな
 と思う絵でした。
 7階の会場内は最初に毎回招待券を送ってくれる
田淵俊夫画伯《明日
  香心象 橘寺夕陽》
や愛知芸術大元学長の松村公嗣画伯《函館夜景》の作品がありましたが、私と家内が素晴らしい
  と思ったのは松村画伯の息子さんで東京在住の
松村公太の《葉紋》という川の中に小舟がゆっくり進んでいて小さな
  波が広がっている風景を黒(墨?)の濃淡で描いている作品です。
 8階会場には同人や地元画家の作品が展示されていましたが、家内は
 何度か教えていただいた古田年寿先生が落選したか、出品されなかっ
 たのか分かりませんが、先生の作品が見られ無かったのが残念で来年
 はぜひ入選して復活してほしいと言ってました。
 会場内で
「味美日本画同好会」F.Kさん夫妻と会いましたが、F.Kさん
 
は初日も友達と見に来て、今日はご主人と一緒に来たそうですが、初
 日は人が多すぎてゆっくり見られなかったので、今日の方が良かったと
  言ってましたが、初日は田淵画伯のギャラリートークがあったそうですからそれも良かったと思いました。
   午後12時頃に
F.K夫妻と分かれて1階まで下りて、院展の会場に行く前に見た催事場に寄り、家内は皮に銀箔を張り
  付けた財布と和紙で真珠のような球を付けたイアリングを買いましたが、家内が定価で自分の品物を買ったのは久し
  ぶりの事だと思いましたが、春日井に住んでいて、名古屋の繁華街に来ると旅行気分になるせいかなと思いました。

   お昼はずっと前に東京にいる長男からプレゼントされた
「名古屋キャッスルホテル」の商品券を持ってきたからラン
  チビュッフェに行きましょうと言われ、数年ぶりに
「名古屋キャッスルホテル」に行きました。
 午後1時頃に着きましたが、思ったよりお客さんが多く、小さな子供連れの
 母子が何組かいたので、何かの行事の帰りかなと思いました。
 3600円と高くてもったいないと思いましたが、息子のプレゼントだと思っ
 て席に着きましたが、近くにいる若い母子を見ていると、ホテルでランチを
 すると言う、私たちの若い時には考えられなかった事が今では当たり前に
 なっていると思いました。
 高いから少しでも元を取ろうと思ってもそんなに食べられないし、食べ過
  ぎると後になって後悔する事になると思いながら、色々、頑張って食べましたがそんなには食べられませんでした。
   ビュッフェ会場を出たところにパン屋があり、”綿雲”というネーミングの小振りの食パン1,300円を売っていたので
  高い物ついでに、おいしそうなフランスパン320円と一緒に商品券を使って買いました。
   午後3時にホテルを出て名古屋城の傍を通って帰りましたが、新しく出来た
”金シャチ横丁”を見ながら、次はここに
  来たいと思っていますが、何時のことになるのか分かりません。

   午後4時前に着いたので、大急ぎで着かえてプールに行きましたが、家内はそんなに無理して行かなくても明日に
  したらと言われましたが、自分の予定では今日行って、明後日に行くことにしてあるので出かけました。
   いつもより遅く、午後4時20分過ぎに着いたのですが、例によって人が少なかったので、1人で自分な好きなように
  何とか650mを泳ぎましたが、最初の内は昨日のゴルフの疲れが残っている感じで、足に張りがありましたが、少し泳
  いでいるうちに張りが無くなりました。午後5時過ぎからの逆流ウオーキングは流水プールに私と若い女性1人の2人
  だけしかいなかったのですが、最後の方に子供たちが入ってきました。



 11月28日(木)
  
 T道路の「創立89周年記念ゴルフコンペ」”名岐国際ゴルフクラブ”(土岐市妻木町)であったので参加しました。
  自分が来年が90周年を迎える会社にいて、その会社がいまだに存在していて、こういう行事に声がかかる事は嬉し
  い限りですが、それも自分が元気でないと出来ないので、これからも健康に注意していきたいと思っています。
   午前7時50分に出かけようと思って、表に出たときに
隣のI.Kさんと顔を合わせたら、I.Kさんから88歳のK.Kさん
  入院しているのでお見舞いに行きましょうと言われたので、何もなければ明後日に行く予定にしました。
   午前8時前に19号線に出て多治見方面に向かうと、すぐに渋滞になり、大したことはないと思っていたら、抜けるの
  20分近くかかり、多治見から笠原を抜けてゴルフ場に着いたのは、集合時間の午前9時ギリギリになりました。
   大急ぎで着かえて表に行くと、真冬のような寒さだったので、家を出る時には10℃以上あったのが、急に下がった
  と思ったのですが、考えて見れば、このゴルフ場は標高が800m近くの所にあり、昔、多治見が雨だと思って、ここまで
  来ると雪に変わっていたことを思い出しました。
   パターの練習場に行ったら、風も結構吹いていたので、セーターだけでは寒いと思い、ベストを上に着て、風対策の
  ジャンバーを上に羽織って何とか寒さをしのげると思いました。
 午前9時52分に妻木コースアウトの1番ホールからスタートしましたが、今日のメンバーは私以外
 全員T道路の現役で、1人は役所のOBでしたが、2人は私が現役の時から知っている連中だった
 ので、和気あいあいのラウンドになりました。
 1番ホールから打ち下ろしのホールでしたが、アゲンストの冷たい風が吹く中、ティショットはまず
 まずのショットが打てたので、今日は良いスコアが出そうな気がしたのですが、結果としてはグ
 リーンに泣かされました。特に奥に付けると下りのパットになり、少し触っただけでカップインしな
 いと2m以上行き過ぎて、返しのパットも入らずに3パットになり、ボギーで上がれると思ったら、
  ダブルボギーになるのが度々あり、終わってみれば
アウトは50でした。
   お昼は冷え切った体には暖かいものと思っていたので、天津ラーメンセットを食べましたが、本当に体が温まったの
  で生き返った気がしました。最近は冬場のゴルフはした事がなく、今日のような寒さは本当に久しぶりに感じる寒さで
  お昼の食事をしてやっと普通の体に戻った気がしました
  午後1時10分からインスタートの10番に行くと、アウトの1番と同じような打ち下ろしのホールだった、何とかパーで上が
  って、勢いをつけて40台で回って、何とかトータルで100を超えないようにしたいと思っていました。10番から12番まで
  の3ホールは何とかボギーで上がれたので、この調子なら45前後で行けると思っていたのですが、13番に行く途中で
  何かの拍子に左手首を痛めてしまい、ティショットを打つときに痛みが出て、満足なショットが打てなくなってしまい、
  我慢しながらプレーは続けましたが、ダブルボギーのスコアが連続して、
インは51で上がり、トータル101と言う結果に
  なり、今年最後のゴルフで今年最初の100超えのゴルフになってしまいましたが、この寒さと左手首を痛めたコンデシ
  ョンでのスコアとしたら仕方がなかったかなと思いました。



 11月27日(水)
 
  家内は午前9時過ぎにお茶の稽古に出かけて行きましたが、昨夜、寝たのが午前0時過ぎだったので眠くて、稽古中
  にいねむりが出たらどうしようと言ってました。
   私も昨日は寝たのが家内よりもっと遅かったので、午前中、テレビを見ているうちにソファで眠ってしまいました。お
  昼を食べてから家内は美容院に出かけて行きましたが、私が午後3時からプールに行きましたが、今日も午後4時まで
  はプールもそれなりに人がいましたが、午後4時過ぎてからは25mプールに2人と私が歩き始めた流水プールに4人
  の6人しかいませんでした。30分程して3人増えましたが、午後5時近くになって水泳教室の子ども達が来るまでは淋し
  い状況でしたが、自分の好きなように歩いて泳げるのはありがたい事だと思っています。
   午後5時過ぎにプールを出るとすっかり暗くなっていましたが、寒さは感じなかったので、明日は今年最後のゴルフ
  の予定なので、何とかこのままの天気が続いてほしいと思いました。



 11月26日(火)
   午前6時半ころに起きましたが、朝から曇り空の日になりましたが、日中は何とか雨が降ることはありませんでした。
  家内は
「誠武館婦人剣道」があるので、午前9時半前に出かけて行きましたが、今日は、一昨日、5段の昇段試験を受け
  てうまく行かなかった
S.Tさんの激励もあるので少し早めに行ったようです。
   私は午前中、喪中はがきの印刷をしてから、午後1時前に家を出て
「フィールドワーク論」(和崎春日教授)の講義に出
  る為に中部大学に行きました。今日の講義も和崎先生の独壇場というか、熱のこもった講義だったのですが、私の理解
  力の不足というか、話があちこちに飛ぶのでついていくのが大変でした。
   ただ、先生の基本的なスタンスは人間は文化が高いとか低いからと言って、卑下したり憧れたりせずに常に横から
  見て、偏見を持たず、人間は平等であるという目で見ることが大事だという考えです。
   午後3時過ぎに終わって家に帰り、本来は今日はプールに行く予定でしたが、夕方から
N夫妻と忘年会を兼ねた食事
  会があるのでプールは明日にして家で夕方までゆっくりしました。
   午後6時前に家を出て、N夫妻と待ち合わせている夕食会場の勝川のレストラン
「シュバル ブラン」に行きました。こ
  の店は2013年にオープンしたそうですが、以前、家内とランチを食べようと店の前まで行ったのですが、当時、ランチ
  が5,000円位で高すぎると思って入らずに帰ったことがあるので、それ以来、行くことはありませんでした。
   今回、
N夫妻がランチを食べに行って、美味しかったからとディナーを予約してくれて忘年会兼食事会になりました。
  午後6時30分前に店の横の駐車場に車を止めて店に行くとN夫妻は既に来ていました。店のオーナーシェフが迎えて
  くれましたが、店内は明るくてシンプルな感じで私たちが好きな作りの店でした。
    
    
   料理は
N.Yさんにお任せでしたが、6,200円のコース(8,300円のコースもある)を注文したようで、最初に前菜3種が
  出てきましたが、料理どれも最初オーナーシェフが運んできて説明をしてくれましたが、私は左耳が悪いので聞き取れ
  ませんでしたが、目でも楽しめると思いました。メインは魚がクエを使った料理で肉は子羊(ラム)肉のローストが出て
  きました。パンはオリーブ油と一緒に軽くトーストしたフランスパンでしたが美味しいパンでした。
   最近はランチも夜の外食もフランス料理のような洋食を食べたのが久しぶりだったせいではないと思いますが、ワ
  インを飲みながら、
N夫妻との楽しい会話が、より一層、料理をおいしく感じさせたかもしれませんが、最近では最高の
  夜を過ごしました。お店は午後8時30分までと聞いていましたが、気が付いたら、午後9時近くになっていたので、店で
  はお開きにしましたが、何となく話足りない気分だったので、
N夫妻を送って行き、そのまま、お宅にお邪魔して午後11
  時近くまで話して帰って来ました。
   いつも思う事ですが、夫婦でお付き合いをして、お互いの考え方や好みを理解できて、遠慮なく話せる相手と言う
  のは本当に少ないと思うので、
N夫妻との時間は本当に貴重な時間だと思うと同時に、これからもお互い健康で元気
  でいる限り続けたいと思っています。


 11月25日(月)
 
  午前中は曇り時々雨の予報だったはずですが、朝から晴れていて気温も昨日と同じ13℃で暖かい日になりました。
  家内は今日も実家に行って片付けると出かけましたが、義母は年とってからも買い物が好きだったようですが、買って
  来たものを片付けることが出来なかったので、あちらこちらに入れっぱなしにしてあったようです。
   私も前の年に買った物を忘れて同じようなものを買ってしまうことがありますが、これから歳をとるにしたがって、
  そういう事が増えていくと思うので、出来るだけ少なくしたいと思っていますが自信はありません。

   お昼を食べて午後12時45分に中部大学に行きましたが、駐車場に車を置いて構内を
  歩いて
「西洋文化史」(伊藤裕子教授)の教室に向かう途中の20号館の横の池を通りか
  かったら、紅葉した木と噴水の水に虹が架かっていて、見事なコラボレーションの景色
  になっていたので思わず写真に撮りました。
   大学構内にこういう場所がある事は知っていましたが、紅葉や噴水のことは全く気が
  付かなかったので、近くにいる学生に確かめたい気分になりましたがそこまではしませ
  んでした。
   大学に行った頃には気温も20℃を超えていたと思いますが、午後3時頃に終わって帰
  る頃には風も冷たく感じるようになっていたので、気温も下がって来たと思いました。
   今日の講義では
「フランケンシュタイン」について聞きましたが、この作品は1818年にメアリーシェリーが21歳の時に
  書いたゴシック小説(恐怖小説)で原題は
「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」と言うそうです。
   伊藤教授は小説の内容をどう考えるか学生の皆さんの自由ですが、基本的にはこの小説は性善説を前提として書
  かれていると思いますが、映画や芝居では性悪説を基本として製作されているもの多いと言ってました。
   私はこの物語が200年前に書かれた小説だという事を初めて知りましたが、戦前から映画化されていてヒットして
  いる作品は本来の作品の内容とは随分かけ離れ、不気味な怪物として描かれているのは残念だと思いました。


 11月24日(

 
  午前6時過ぎに起きて、表に行くと、暖かいなと思って温度計を見ると13℃でしたから3日前と比べると10度も高い
  のですから、3日前に冬布団を出したばかりで、一体、どうしたら良いだろう思いました。
   それでもテレビでローマ法王が来日され、長崎での式典を画面を見ていると雨が降っていて、宮崎で開催中の”ダ
  ンロップフェニックストーナメント”
も中止になったと言ってましたから、九州方面では、かなり、荒れた天気になってい
  ると思いました。
   午後12過ぎからの仙台で行われた
「全日本実業団女子駅伝」では小雨模様の中で行われていましたが、日本郵政
  グループが1区から一度も首位を譲らずに3年ぶりに優勝しましたが、暑くなるよりこれくらいの天気の方が走りやす
  いのか、区間新記録も出ていました。
  午後3時からテレビ中継のあった愛媛県で行われていた女子ゴルフの
「大王製紙エリエール・レディース」でも途中で
  急に突風が吹き出して、雨が強くなっていましたが、その中でも
岡山の渋野日向子選手が優勝してくれたのは同郷の
  人間としては嬉しかったです。あと1試合頑張って賞金王を獲得できれば良いと思いますが、そううまく行くとは思い
  ませんが、ベストを尽くしてほしいと思っています。



 11月23日(土)
勤労感謝の日
   今朝は昨日と同じ9℃でしたが日中は20度を超える暖かい日になると言ってましたが、私は午前9時から久しぶりに
  ゴルフ仲間の集まるモスバーガーの店に顔を出しました。皆さんからまた旅行にでも行って来たのと言われたので、中
  国に5日間行って来ましたが、その前は土曜日毎に予定があって顔を出せなかっただけですと話しました。
   私よりもいつも来る
88歳のK.Kさんと車に乗せてくるM.Kさんが来ていなかったので、他の人に聞くと、この所、ずっ
  と顔を見せていないと言ってました。私も近所ですが、何かと忙しくて顔を見てなかったので、今日は会えると思って
  いたので、近い内に様子を聞いてみようと思いました。ゴルフの話になると、
”ダンロップフェニックストーナメント”
  昨日の出だしの1番ホールで松山選手が9も叩いたのを見ていた
F.Jさんは、昔、同じ1番で自分も12叩いた事を思い出
  したと言ってました。プロが9も叩くのだからアマチュアが12叩いたのは当然だと納得していましたが、自分中心の考
  え方に皆さん苦笑していましたが、私の長兄と同い年の82歳の先輩には勝てないと思いました。
   1時間ほどでお開きになり、家に帰ると家内が実家から持ってきた組み立て式の金属の棚を洗っていましたが、部品
  が足りないので、月曜日にもう一度実家に行くので部品を探してくると言ってました。
   午後4時からプールに行きましたが、今日は土曜日で祝日だから混んでいると思いましが、思ったより人が少なかっ
  たので、いつも通り800m泳いで30分の逆流ウオーキングをしましたが、午後5時半過ぎの終わる頃には人も少なくな
  っていました。


 11月22日(金)
 
  昨日と同じくらいの午前6時半前に目が覚めて新聞を取りに行ったときに温度計を見ると、9℃と昨日よりはかなり
  高くなっていましたが、空はどんよりした曇り空で冷え込みがなかったせいだと思いました。
   家内は義妹と
「アピタ千代田橋店」で待ち合わせて、実家の義母の遺品整理をすると言って出かけましたが、どちら
  かと言うと、2人で会って買い物とお昼を一緒に食べるのが目的で、荷物整理は付録かもしれないと思いますが、母が
  亡くなっても姉妹で会って、よもやま話をするのも良い事だと思うので続けばよいと思っています。
 私は午前中雨が降り出して寒かったので家で過ごし、お昼を食べて、午後3時20分から
「高齢
 者講習」
を受ける為に昭和自動車学校に行きました。
 午後3時頃に着いて、受講料5,100円を払って待っていたら、受講者が三々五々集まって来て、
 全員で16名でしたが、「高齢者講習」は70歳以上が対象で、
”認知症検査”を受けてから来て
 いる75歳以上の人はその内の3人でした。
 4人ずつ4つのグループに分かれて、最初に自動車学校のコース内を実際に運転をする
”実車
 指導”
がありましたが、私は一時停止がしっかり停まっていなかったので、しっかり2秒は停まる
  ように指導されました。それ以外は反応も早く、車線変更もちゃんと出来ていたと言われました。
   実車指導の後は視力検査をしてくれましたが、私は見る方に問題はないが、暗闇に慣れるまでの時間が60秒も掛か
  り、かなり順応が遅いので、トンネルに入った時とか、夜間に相手のライトが目に入った時には注意して運転するように
  言われました。最後に
「高齢者講習修了証明書」を貰って講習は終わりましたが、女性の中で軽自動車しか運転した事
  が無いという人が車が大きくて運転するのが不安で大変だったと言ってましたが、私の娘にしても、これからはそう
  言う人達が増えてくると思いますから、警察も何か対策が必要だと思いました。


 11月21日(木)
   午前6時20分に起きて表に行ったときに温度計を見ると、天気予報通り、3℃を指していて、この秋一番の冷え込み
  になっていました。日中は家の中にいると暖かく感じましたが、外は少し冷たい風が吹いていました。
   午前9時半過ぎに家内は健康体操に出かけて行ったので、私は家内の母が亡くなって、喪中ハガキを印刷にするの
  か
、パソコンで作るのか家内に任せていたのですが、家内がパソコンで良いと言うので、印刷用のはがきに切手を貼
  って出すことにしたので、
「エイデン」にインクジェット用のハガキを買いに行き、帰りにガソリンを入れて、久しぶりに
  洗車をして帰ってきました。
   お昼を食べている時に家内と
レモンが色づきだしたから早めに取ろうと話していたら、家内
  が私が昼寝をしている間に家内が全部採ってくれました。今年のレモンは、去年、成らなかった
  分、沢山、成ったのですが、大きさがまちまちなので、これからはもう少し手をかけて肥料をや
  ったり、沢山成った時は摘果して大きさをある程度揃えたいと思っています。今回、家内が採っ
  てくれたレモンは
数が110個で重さが13kgもありました。
   これだけのレモンを全部冷凍保存する訳にもいかないと思いますが、家内のことですから何
  か考えて、利用する方法を考えると思います。
   隣に植えてある
ユズもそこそこ成っていますが、ユズは色づいてからの方が良いと聞いているので、もう少し熟し
  てから採りたいと思っています。


 11月20日(水)
   
午前6時に起きて表に出て温度計を見ると6℃強と冷え込んでいましたが、昨日の上海と同じ位かなと思いました。
  家内は第3水曜日ですが、午後からの日本が同好会が休みだからと、午前のお茶の稽古に着物を着て、午前9時過ぎ
  に出かけていきました。
   私は旅行の疲れは感じませんが、旅行の写真の整理とホームページの更新で旅行記の校正をしながら午前中を過
  ごしました。お昼を食べてからテレビを見ながら一休みしているうちに1時間近く寝てしまいましたが、やはり、旅行の
  疲れが残っているのかなと思いました。
   午後2時頃から家内が買い物出かけましたが、私は午後3時からプールに行くつもりだったので一緒に行きませんで
  したが、家内からは今日は休んだ方が良いのでは言われました。

   家内から休んだ方が良いと言われていましたが、午後3時から1週間ぶりでプールに行きましたが、今日のプールも
  25mプールの方に4人と流水プールに2人の人が歩いているだけでした。私にとってはゆっくり泳げるので有難いこと
  ですが、今の時期は毎日出費の方が多いのだろうと心配になってきます。
   午後3時半ころに隣のコースの人が帰って、入れ替わりに来た人が1年位前までは常連だった人ですが、泳ぎはじめ
  たら、プールはコースの右側を泳ぐのがルールになっているのですが、その人は左側を泳いでいて、監視員が注意し
  てもそのまま泳いでいたので、以前、来ていたので分かっているはずと思っていましたが、顔見知りの監視員に話を
  聞くと、ずっと来てなかったそうですが、3か月くらい前からたまに来るようになって、時々、ロッカーの使い方が分か
  らないと言ったりしておかしいと思っていたら、ある時、息子さんが一緒に来て来て、事情が分かったそうですが、1年
  位前に
交通事故に遭い、それ以来、徐々に痴呆的な言動が始まっているという事でした。
   今日も顔見知りの監視員がきちんと話をして、私の泳いでいる様に右側を教えたら、その後は右側を泳ぐようにな
  っていましたが、次に来た時に覚えているかどうかは分かりません。
   その人は30分程泳いで帰っていきましたが、私は息子さんが送り迎えをしていれば良いと思いますが、1人で来て
  いるとしたら、先日も家内の剣道仲間の旦那さんが迷子になった話を聞いたばかりなので、その人が帰りに迷子にな
  らないようにと願いましたが、私と同じような歳に見えるだけに他人事とは思えません。


 
1115日(金)から1119()まで久し振りに中国”3つのハイアットに泊まる「江南6都市ハイライト5日間」”の旅に行
  ってきました。このツアーは3つのハイアットリージェンシーホテルに泊まるというので、部屋と朝食ビュッフェが良い
  だろうとと思ったのと、南京・揚州・鎮江と私の行った事の無い都市を観光するコースだったので申し込みました。

  
15日(金)午前1140分に家を出て家内に春日井駅まで送って貰いましたが、電車が少し遅れていたので、丁度、良い
  時間になり、金山駅から1235分発の特急に乗ってセントレアに向かいました。車内は満員に近い状態でしたが、大田
  川駅から運よく座れました。
  
 午後1時6分に中部国際空港に着き、JTBの受付カウンターでeチケットを貰い、吉祥航空の受付カウンターで搭乗手
  続きをしてスーツケースを預けて、その足で出国手続きに行きましたが、今は顔認証だけで通過出来る様になったので
  簡単になりました。
   
午後2時に中に入り、免税店で次男のタバコを買いましたが、普通5,200円で売っているのが4,200円でしたから、
  そんなに安くなっていないと思いました。
   
その足で14番搭乗口に行きましたが、後発の航空会社だけに一番端の搭乗口でした。吉祥航空HO1602便は出発10
  分前の午後345分に搭乗開始になりましたが、離陸は午後415分になりました。機内は50%程度の乗客率だった
  ので、私の席は通路側でしたが、隣も窓席にも誰もいませんでした。
    
   30分程して軽食と飲み物が出たので吉祥航空はLCCではないのかなと思いました。午後5時半過ぎに日本では陽
  が落ちていますが、飛行機から見るとまだ西の空は明るいので、時計の針を1時間戻して中国時間にしました。

   現地時間午後6時に南京空港に到着し、スーツケースを受け取って、外に出ると
現地ガイドの陽さんが待っていて、
  20名(夫婦7組、母娘1組、男性2人組、男性1人参加2人)の参加者が全員揃ってからバスまで行きました。
   午後7時に空港を出発し高速道路で南京市内の夕食会場に向かい、午後7時40分に到着しました。ガイドの陽さんか
  ら夕食会場の「年發168酒店」では
”南京ダック”が出ますと言われ、北京ダックはタレを付けて焼いていますが”南京
  ダック”
は塩ゆでしただけの美味しいダックですと言ってましたが、出てきた南京ダックは塩ゆでしたものを巻いて食
  べる皮も付ける味噌もなく、薄切りしたのをそのまま食べるだけで、北京ダックの方がずっと良いと思いました。ただ、
  魚は名前はわかりませんが、海の魚が出たと思います。いつも出る魚は小骨が多い川魚ですが、今日の魚は小骨が無
  く美味しい味付けだったので、ビールを飲みながらたくさん食べました。
    
   夕食が終わってから
「夫子廟」(孔子廟)の夜景を見に行きましたが、花金のせいか、午後9時前でも大勢の人で賑わ
  っていました。「夫子廟(ふしびょう)」は宋の景祐元年(1034年)に創建され、秦淮河の近くに位置し、古くから商人の
  集まる繁華街でもあり、明清時代の建物が並ぶ中にある廟ですが、この一帯が
「夫子廟」と呼ばれているそうです。
  日中戦争で日本軍により壊されたそうですが、1984年から5年間かけて再建され、近年になって宋代の街並みが復元
  されたそうです。
    
   
30分程いて、今日の宿泊ホテル
「南京熊猫金陵大酒店」に向かい、午後10時前に到着しましたが、このホテルはパ
  スポートをガイドさんに預けるのでは無く、ホテルの人が写真を見て本人の確認をするのですが、私達が自分でパスポ
  ートを渡して確認するのですから昔は考えられなかった事をやるようになったと思いました。
   
部屋に入ると寒かったので、温度を上げようとしても全館管理になっているようで、25度に上げても21度に戻って
  しまうので、諦めてシャワーを浴びて寝ました。
   
  
16日(土)午前6時に起きて、部屋からの景色を見ると高い建物は見えなかったので、この辺は中心部ではなく、住宅
  街の方かなと思いました。午前6時半に5階の朝食ビュッフェ会場に行きました。料理の種類は多くはありませんでした
  が、私は
と卵があれば、文句はないので今朝は2種類も食べてしまいましたが、今日は沢山歩く日だとガイドの
  陽さんが言っていたので、食べ過ぎても大丈夫だと思いました。
    

   
午前8時にホテルを出発し、最初に建国の父と慕われている孫中山(孫文)
「中山陵」に行きましたが、こんなに大
  きな陵墓だとは思いませんでした。
   土曜日というので人出が多かったのですが中学生や高校生の団体がいたのは遠足かなと思いました。この一帯に
  は三国時代の呉の孫権の墓や私が見たいと思っていた世界遺産の明の太祖洪武帝(朱元璋)の
「明孝陵」もあります。
   入場口から10分位歩くので自信の無い人はカート(1回、10元)を利用しても良いと言ったので4人の人が利用して、
  あとの16人は索道を歩いて行きましたが、途中の両側の壁にこの地区にある陵墓や施設の写真が展示していたので
  様子が分かって良いと思いました。
    
   陵墓の入口でカートの人達と合流して孫文の陵墓まで歩きましたが、中国に来たことが無い人達にはかなりきつい
  階段を登って行き、やっと、着く感じだと思いましたが、プールのお陰で私はそれ程きついとは思いませんでした。陵
  墓の建物には孫中山の座像があり、上からの眺めは見応えがありました。
    

   午前1040分に
「中山陵」を出発し、次の「雨花台風景名勝区」に午前1120分に着きましたが、ここは中国建国
  の為に亡くなった人達の「雨花台烈士記念館」や「雨花台烈士記念碑」が建っている公園ですが、私は見る必要はなか
  ったと思いましたが、烈士記念碑の前で何かの団体が式典をやっているのは興味深い眺めでした。30分程で出発し、
  古い明代の城壁が残っている所を通って、午後1210分に
「中華門」に着きましたが、ここの方がずっと見応えがあ
  ると思いました。
    
   
「中華門」は明代初期に南京城の正門として建てられ、現在見られるのは清代に再建された物ですが、中国に現存
  する最大の城門で幅118m奥行き128mもありますが、城門は4重になっていて、敵を完全に閉じ込める千斤甲の扉や最
  大3,000人の兵が隠れられる蔵兵洞等が見所になっています。実際に城門の中に入るのは50元の入場料が必要です
  が、70歳以上の人は無料になっていて、外国人でもパスポートを見せれば無料になっているので、その点では中国は
  たいしたものだと思います。そのせいではありませんが、城門の上からの南京の眺めは見応えが有りました。
    
    

   午後1245分に出て、昼食会場の
「味庄」には10分程で着きました。店に入ると1階は地元の人達でいっぱいでした
  から、きっと、美味しい店だろうと思いました。実際、その通りで麺も2種類出て、魚料理も中国に来て初めてタチウオ
  が出ましたが、味付けも良く美味しかったです。
    

   午後140分に店を出て、バスで揚州に移動するのですが、出発の時に女性が1人トイレで立てなくなり大変でした
  が、何とかバスまで連れてきて20分遅れの午後2時に出発しました。後で分かったのですが、立てなくなったのは春日
  井から来たご夫婦で奥様は事故で足を轢かれた後遺症で足に力が入ら無くなることがあるそうです。
   午後320分に高速道路の
「儀征服務區」でトイレ休憩をして午後4時に揚州市内に入りましたが、揚州は新築中の
  高層マンション群がいっぱいありましたが、これが本当に売れるのかなと思いました。
    

   午後420分に
「東門遺跡公園」に着きましたが、復元された「東門」を中に入ると「東関街」と言う古い街並があ
  り、1時間の自由散策になったので、1人でぶらぶらしている時に堆朱の店が目に入り、揚州の特産に”堆朱”があること
  を思い出し、店内にあった筆筒を手に取ると本物の感じだったので値段を聞くと350元というので、驚いた顔をすると
  別の品物を持って来て、これなら40元だと言いました。私も一目でこちらが本物だと分かったので値段を交渉すると
  280元と言うので250元にしてくれと言うと品物を引っ込めたので、相手の言う280元で買いました。
    

   午後5時半に揚州を出発し鎮江の夕食会場に向かい、午後630分に会場の
「金薩大酒店」着きました。この店も中
  に入ると混んでいたので、美味しいだろうと思いました。2階に案内され狭い場所のテーブルの上には既にいくつかの
  料理が出ていましたが、思った通り、魚料理を含めここの料理もまずまずの料理でした。
    
   夕食後、
「西津古渡」夜景鑑賞に行きましたが、ガイドの陽さんに「突き当たり付近を自由に見てきてください」と言
  われて、行って見ると、夜景鑑賞と言うよりも商店街散策と言った感じで歩いていきましたが、皆さんが途中で帰って  来たので私も引き返しました。ガイドの陽さんにどこが夜景なのか分からないと言ったら、途中で引き返さずに、もっと
  、歩いていくと、その先に奇麗な夜景があったと言われましたが、それ位なら自分で案内するべきだと思いました。

   午後745分に出発し、今日の宿泊ホテル
「ハイアットリージェンシー鎮江」に午後8時に着きましたが、このホテル
  は鎮江では一番高い建物の上部にあり、ロビーが57階で客室はそれ以上の階になるそうですから凄いと思いました。
  私の部屋は60階でしたが、こんなに高い階に泊まったのは初めてでした。部屋も広くて昨日のホテルと違って明るく
  て部屋の温度調節も出来て申し分けない感じでした。
    


  
17日(昨日と同じ午前630分に57階の朝食会場に行きましたが、さすが、ハイアットリージェンシーと言う感じで
  した。若い従業員も笑顔で愛想が良く、麺を頼んでもきちんと、あと1分待ってとか、何を入れると言ってくれて良かっ
  たです。今朝はラーメンと追加にワンタンを食べてしまい、食べ過ぎと思いながら食べてしまいました。
    
   
  
 ビュッフェ会場からの景色も天気が良ければ長江が奇麗に見えて眺めも良いだろうと思いましたが、生憎の空模様
  でモヤが掛かっていて残念でした。
    

   午前8時にホテルを出発し、最初に
「北固山公園」に行きました。ここは三国志の劉備と孫権が同盟を結んだ場所と
  して有名という事ですが、
ガイドの陽さんの話によると、これは全て明時代に書かれた”三国志演義”という本の内容
  で人気が出た場所で史実の遺跡は何も残っていないと言うことでした。又、劉備と結婚した孫権の妹が身を投げた場
  所としても有名な所だとも言ってました。
    
   中に入って上がって行くと、古刹の
「甘露寺」(AD265年創建)というお寺があり、そこにある”鉄塔”は北宋時代のも
  のという事でした。頂上に上がり
「北固楼」からの眺めは目前に長江が流れていてなかなかのものでした。
    
   午前9時15分に集合し無錫に向かう予定でしたが、途中でトイレに行った1組の夫婦が迷子になったらしく、戻ってこ
  ないので、ガイドが探しに行ったのですが、おせっかいな人が自分も探すと言って、もう一度、公園に入ったのですが
  迷子の夫婦が見つかっても本人が帰ってこなくて、30分遅れの午前945分に無錫に向かう事が出来ました。

   途中、午前11時に
「芳茂山服務區」でトイレ休憩をしましたが、ここは、にぎやかな2階建でエスカレータのある立派
  なSAでしたが、私の探している高速道路地図はありませんでした。
    
   午前11時半に無錫ICを通過して市内に向かいましたが、途中には新築中の建物が多くあり、今まで人口があまり増
  えなかったそうですから、今後、発展していくのかもしれません。

  午後1210分に無錫の真珠店に着きましたが、先に同じ敷地内にある
「福鈺潤」でお昼を食べましたが、隣のテーブ
  ルには他の日本人観光客の団体がいました。同じグループで経営している店だと思いますが、普通の料理の他に茹で
  エビが出たり料理の味もまずまずでした。
   
  昼食後、真珠店に行き、最初に淡水真珠の説明を聞きましたが、何回か来ている人が多く、真珠クリームを10箱10,000
  
円で買った人が1人だけいました。
    

   午後1時半に店を出て、午後2時に
「南禅寺」に着きましたが、このお寺は南北朝時代543年に創建されたそうです
  が、現在、当時の建物は高さ43mの
”妙光塔”と本堂の”大雄殿”だけで本堂の大仏は当時としては大きな仏像だった
  そうですが、大雄殿の中に入って大仏の撮影は禁止でした。
    
   お寺の前では小さな店がいっぱい出ている大きな市場の様な所がありましたが、土日だけの店で、普段は広場に
  なっているそうですが、今日は大勢の客で賑わっていました。
    

   午後245分に
「南禅寺」を出ましたが、この頃から小雨模様の雨が降りだしましたが、次の「清名橋」に着いた時
  には傘が必要になりました。
「清名橋」2人の兄弟によって作られた橋で2人の名前から橋の名前がついているそう
  です。京杭大運河の支流の運河の両側に昔の街並みがあると言うので、次の橋まで行きUターンして帰って来ました。
    
    

   午後345分に出発し、中国歴史文化街エリアとして南北朝時代から明清時代にかけて色々な施設や人が関わって
  いる地域で古い街並の残る
「恵山古鎮」に行きました。
   午後410分に着きましたが、小さな運河の両側に建つ古民居が並んでいる雰囲気の良い場所と、昔の建物を再利
  用して商売をしている通り(綉嶂街)を歩きましたが、行き帰りの通りに一族の祖先を祀った祠堂が沢山あり、80氏族
  118の祠堂があるそうですが、名前を聞いても知らない氏族ですからピンとこないし、それ以外は大したものは見当た
  りませんでした。
    

   午後5時に
「恵山古鎮」を出て、夕食会場に向かいましたが、10分程で会場の「吉同酒店」着いたのですが、この店
  では注文で上海カニが食べられるというので、1組のご夫婦が250g170元の上海カニを注文していました。
   料理が全部出た後から上海カニが出てきて2人で食べていましたが、美味しいかどうかは、ご本人達もみんなの見
  ている前で食べていたので、味を味わう余裕がなかったかも知れません。
   

   午後610分に店を出て、
「無錫運河夜景クルーズ」に行きましたが、行ったのは半数の10人だったので、阪急トラピ
  ックスの12人のグループが一緒になって船がチャーター出来たそうです。阪急トラピックスの現地ガイドが一緒に乗っ
  て面倒を見てくれましたが、なかなか、良いガイドで話しもしっかりしていて日本語も上手だったので、楽しい夜景クル
  ーズになりましたが、これで220元なら高くないと思いました。
   今の時期は建国70周年でライトアップも工夫しているそうですが、意味の分からないものもありましたが、楽しけれ
  ば良いという考え方ならそれも有りだと思いました。
    
   私が良かったと思ったのは夜景ではなく、以前、テレビで見た事のある北京の紫禁城に使われているレンガと言う
  か敷板:
金磚(きんせんと言い、叩けば金属音がするほど硬い)の事が分かったと言うか、実物を見る事が出来たこと
  です。運河夜景クルーズの途中で
「無錫窯跡遺跡博物館」と言う窯跡に寄って、ガイドさんが金磚(きんせん)の作り方
  やエピソードを話してくれたのは私には運が良かったと思いました。
    
   午後8時にクルーズ乗り場に戻り、バスでホテルに向かいましたが、5分もしないうちに今日の宿泊ホテル
「ハイアッ
  トリージェンシー無錫」
に着きました。昨日でこのホテルチェーンの様子が分かったので、ロビーでカードキーを貰って
  エレベーターに乗ってカードを当てると、行きたい階が表示されたらそこを押して51階に行きました。部屋は昨日同様
  広くて気持のよい部屋でしたが、雨で外の景色は良く見えませんでした。
    

  
18日(月)昨日の朝と同じ午前6時半にビュッフェ会場に行きましたが、こちらは麺が1種類だけでしたので、それを食
  べましたが思った程ではありませんでした。他の料理も沢山ありましたが、時間が無いと思ってよく見ませんでした。
    
   
出発が午前7時半になっていたので、食べ終わったらすぐに部屋に戻って、朝の薬を飲んで、トイレを済ませてロビ
  ーでカードキーを返して1階フロアーに降りて行くとご夫婦が1組いるだけでした。

   午前7時半にホテルを出発し蘇州に向かいましたが、月曜日とあって無錫市内も渋滞していて市内を抜けるのに結
  構時間がかかり、無錫ICを入ったのが午前8時になりました。高速に入っても上海蘇州方面に向かう車の量は多くて、
  場所によっては渋滞が起こっていました。運転手は渋滞の中を苦労しながらすり抜けて行き、午前8時半過ぎに古都を
  意識してクラシックな作りの蘇州ICを出て、市内に向かいましたが、ここでも、渋滞に悩まされながら、完成した空き家
  のマンション群を見ながら午前9時20分に世界遺産
「耦園(ぐうえん)」に着きました。
    
    

   先ずはトイレを済ませて中に入りましたが、
「耦園」は政府の高官だった沈氏と言う人の個人の邸宅だったそうです
  が、建物や庭は蘇州の良くある邸宅ですが、私は昨日、説明を聞いていた”金磚(きんせん)”がテーブルの上に使われ
  ていたのを見て感心しました。と言うのは、ガイドさんが皇帝の居る所では足の下ですが、それを手に入れた人達にと
  っては宝物だからテーブルや人の見える所に使っていると話していた通りに使われていたからです。
    
   予定では次は
「京坑大運河」見学になっていましたが、「耦園(ぐうえん)」の傍にある支流の運河を見て終わりにな
  ったので、時間の都合でガイドが手抜きをしたかなと思いました。
    

   午前1025分に出発し、
「シルク店(蘇州シルク文化博覧館)」に行きましたが、シルク店と言ってもシルクの布団が
  メインで、蚕の繭を切って広げて見せ、それを重ねた物を何人かの人達で大きく伸ばして拡げさせ、これが布団になる
  と言う説明を受けてから売り場に連れて行かれました。
    
   今ではシングルサイズ(150×210)1,120(日本円で18,000)で売っていました。最初はだれも買わずに布団
  売り場からシルク製品売り場に移ったのですが、1人の奥さんがやはり買う事にして戻ったら、もう一人、奥さんが私も
  買いたいと言って2人の女性が買いました。

   買い物が終わって、午前1140分に集合し、その足で3階に上がるとそこが昼食会場の
「福満楼」でした。真珠店で
  も同じ敷地内にレストランがありましたが、この店でも2階がシルク店で3階がレストランになっているのですから、お客
  さんに来てもらったら逃がさないように少しでも商売になる事をするのが中国流なのかなと思いました。江南料理と
  いう事ですが、この地方は大体似たような料理が多いので、一度は食べたことのある料理が多かったです。
    

   午後1220分に上海に向かって出発しましたが、お昼のせいか、車の量は多く、雨は降り続いていましたが、思った
  より渋滞も無く、午後220分に上海最初の観光地
「多倫路」に到着しました。
    
   ここは今まで上海に来ても来たことがなかった所ですが、「多倫路」には昔は日本人が沢山住んでいて日本租界の
  様な所だったそうですが、街の雰囲気はよさそうな所で、当時は文人や高級将校が住んでいて、
山口淑子(李香蘭)
  や男装の麗人と言われた
川島芳子も住んでいた家が残っていました。
    
   通りの当時の建物の中に小さな骨董屋が多くあり、面白そうでしたが、時間も無く、今更、何か買うと家内に叱られ
  そうなので、ウインドウ越しに見ただけでした。
   通りの中に表には何も書いていない建物で中に入ると
「中日友好会館」と書いた看板が上がっていて、奥に入って
  見ましたが、日中友好の歴史を語るような写真や、昔、中国に4年間住んでいた芥川龍之介や中国によく来ていた夏
  目漱石の他に地元の魯迅の写真もありました。
    
   会館の裏の方に
ガイドの陽さんが紹興酒を買いたいなら良い所があると教えてくれた売店のような店があり、10年
  物の紹興酒を100元(1,600円程度)で売っていたので、何人かの人が買ったので私も買いました。

   午後310分にバスに乗って
「外灘(ガイタン)」に行き、2016年に完成した632mの”上海タワー””森ビル”をバッ
  クに全員で記念写真を撮りました。私も久しぶり来て、上海タワーを初めて見ました。
    
  
   10分程歩いて
「ラテックス(天然ゴム)の店」に案内され、いつものような説明を受けて、ベッドに横になって試して
  いると営業に来ますが、今回は男性が1人何かを買ったようでした。
    
   午後440分に隣の売り場がお茶売り場になっていて、そちらに案内されて、健康茶の説明を受けて、試飲もしまし
  たが、1130元で1年間持つと言われてもだれも買わなかったようです。

   午後515分に店を出て、歩いて5分程で
「豫園商城」に着きましたが、途中に下町のような所を通りましたが、上海
  でもまだこんな所があるとは思いませんでしたが、少し行くと、もう壊すのが決まっているような家があり、上海でも
  こんな所があったと思って、驚きましたが、中国の影の部分を見たような気がして複雑な気分でした。
    

   
「豫園商場」「外灘」から歩いて来れるとは思いませんでしたが、地図で見ると近いような気がします。今までは
  バスで来ていたので、近くてもピンときませんでした。20分程、散策しましたが、行列が出来ていたので
「南翔饅頭店」
  
かと思ったら、新しい「上海緑波廊酒楼」という店だったので、ここでも新しい店が進出してくるのだと思いました。
   「豫園商場」内はどこに行っても観光客が多く、今日は外人の団体が多く来ていました。
    

   歩いてバスの乗れる所まで移動して、午後6時にバスに乗って夕食会場の
「梅園邨酒家」10分程で着きましたが、
  この店は中国では珍しく飲み物は全て有料でお茶もビールも30元だと言われて戸惑っている人もいましたが、外国
  の高級レストランでは当然らしいので文句を言う人はいませんでした。
    
   この店が高級なのかどうかは分かりませんが、私達の食べた料理は美味しい料理でしたが、高級な料理では無く普
  通の中国料理でした。

   午後710分にオプションの
「上海雑技団」を見る人達9人を残して、私達は今日の宿泊ホテル「ハイアットリージェ
  ンシー嘉定」
に向かいましたが、このホテルは上海郊外にあり、バスで1時間かかると言ってましたが、道路が混んでい
  なくてもホテルに着いたのが午後8時でしたから渋滞していたら大変だと思いました。ガイドの陽さんは、もう一度、上
  海雑技団見物の人達を迎えに行き、ホテルに戻ってくるのですから大変だと思いましたが、バスの運転手の方がもっ
  と大変だと思いました。
   私達はカードキーを貰ってから初日のホテルと同じ様にフロントにパスポートを見せて写真を撮り、それから45階の
  部屋に行きましたが、このホテルも広くて1人ではもったいないよう部屋でした。
    

   
3日間「ハイアットリージェンシー」に泊まりましたが、どのホテルも部屋は広くて良かったのですが、これで4泊5日
  のツアーで39,800円と言うのは不思議だと思います。

  
19日(火)午前6時前に起きて、午前6時半過ぎに朝食ビュッフェに行きましたが、早い出発の人達がいるのか、かなり、
  混んでいました。
いつもと同じ様に麺を注文して目玉焼きとウインナーに温野菜を食べて、甘いパンとコーヒーにヨー
  グルトを食べました。40階のビュッフェ会場からの眺めも今日は天気が回復したのでよく見えました。
    
    
   朝食後、時間があったので1階まで降りて、外に出てみましたが、昨日と違って青空の広がる天気になりましたが、
  冷え込みは強く感じました。部屋に戻るときに上りエレベーターのボタンはロビーと宴会場、レストランしかない事に気
  がつきましたが、部屋に行く時はロビーから別のエレベーターで改めてカードキーを使って戻りました。
    

   午前9時集合になっているので、今朝までの旅行記の整理をして、午前840分にロビーに行き、カードキーを返し
  てから1階フロアーに行きました。先に降りた人達はバスにスーツケースだけ預けて中は寒いので建物の中で待機して
  いたので、私も同じ様にして待っていました。
   午前9時に出発して、所々、渋滞がありましたが、バスは予定通り午前10時半に上海浦東空港に到着しましたが、バ
  スの中で奥様達の話を聞いていると、皆さん、海外旅行は度々行っている人が多いとつくづく実感しました。
    
   空港に入る時に最初の荷物検査を受けてから吉祥航空のカウンターでスーツケースを預けて、搭乗券を受け取り、
  出国手続きをして、再び、荷物検査を受けて場内に入ったのは午前1120分でした。搭乗口がD88番で一番端の520m
  
先と表示されていたので、そこまで歩いて行きました。出発は午後15分で搭乗開始時間が午後1220分になって
  いるのでそれまで88番搭乗口で待つ事にしましたが、途中にある免税店を見ましたが、セントレアの3倍の広さはあり
  そうなフロワーに人があふれていました。
    

   午後12時半から搭乗案内が始まりましたが、出発時間の午後1時5分に出られるかなと思っていたら、25分遅れで午
  後1時半に離陸できたので、この程度なら上海では良い方だと思いました。
   午後2時に機内食が出ましたが、チキンとビーフだったので、チキンにしましたが、ビーフを見ても似たような感じで
  したから、どちらを選んでも一緒だと思いました。
    
   いつも通り、帰りの飛行機は2時間後の日本時間で午後4時30分に到着しました。スーツケースを受け取って、名鉄で
  金山まで来て、中央線に乗り換えて、家内に春日井駅まで迎えに来てもらって家に着いたのが午後6時でした。

   今回の
”3つのハイアットに泊まる「江南6都市5日間」のツアー”は思った通り、3つのハイアットホテルはどこも部屋
  は高層階で広くて、朝食ビュッフェも良かったのですが、観光地に関しては南京・揚州・鎮江といったことの無い所に行
  けたのは満足だったのですが、私が行きたいと思っていた南京の
世界遺産「明考陵」と揚州の鑑真和尚の住職だった
  
「大明寺」に行けなかったことが残念でした。その他では値段と宿泊ホテルと値段を考えたら満足なツアーだったと
  思っています。メンバー20名も皆さん良い人ばかりで、足の悪いご婦人を気遣いながら、良く話し、よく食べた楽しい
  ツアーメンバーだったので、その点では文句のつけようはありません。
   私自身、中国の
”世界遺産の旅”も、行きたい所に行くツアーも無くなって来ている上に、いつまで行けるのか分から
  ない年齢になっているので、今後、どうなるのか分かりませんが、良いツアーがあれば参加したいと思っています。



 11月15日(金)
 
  午前6時過ぎに起きて新聞を取りに行くと、天気予報で今秋一番の冷え込みと云った通り、温度計が5℃を指してい
  ました。今日から中国の南京から北京にかけての江南地方の6都市を巡る旅に出ますが、南京や北京でも同じような
  天気予報で気温も同じか少し高いくらいの予想になっているので気持ち的には楽な感じです。
   飛行機の出発時間が午後3時55分なので、集合時間も2時間前の午後1時55分と言う事なので、午前中はゆっくりし
  午前11時半過ぎに家内に春日井駅まで送ってもらうつもりです。その為、家内は午前10時前に中央公民館の写仏画に
  出かけていきました。



 11月14日(木)
 
  朝早くから小雨がパラついていましたが、天気予報では午前9時頃には天気が回復するようになっていたので、今
  日、健康体操の遠足で
”おちょぼさん”に行く家内は大丈夫かなと言いながら、午前7時40分に出かけました。
   
”おちょぼさん”は正式には「千代保稲荷神社」(岐阜県海津市平田町)と言って商売の神様として昔からこの地方で
  は親しまれているようで、私の知っている人でも毎月の月末にお参りしている人もいましたが、今では参道の両側に
  出ている店を目当てに観光客も多くなっているようです。
   今日の遠足でも家内は野菜や果物などが安いらしいとキャスター付きの買物袋を持って行きましたから帰りに何が
  入っているのか楽しみであり心配でもあります。

   私は先週に続き
「東部中国語同好会」があったので、午前9時半に東部市民センターに出かけましたが、私が出かけ
  る頃には雨も上がって空も明るくなり青空が出ていました。
   今日も中国語のヒアリングには悪戦苦闘でしたが、一時より少しだけ聞き取れる様な気がしました。午前11時半に終
  わって外に出ると、空はすっかり青空に変わっていましたが、代わりに冷たい風が吹き始めていました。

   お昼を食べてから明日から
「江南6都市ハイライト5日間」のツアーに行くので、荷物の確認をしましたが、歳と共に
  旅行の用意も何回か忘れ物がないかと確認しないと心配なのが歳をとった証拠なのかなと思います。
   午後3時からプールに行きましたが、今日はこの所の淋しい感じはなく人がいましたが、それでも十数人がいるだけ
  ですから経費倒れは免れないと思うような人数でした。午後5時過ぎにプールを出ると風は相変わらず冷たい風が吹
  いていましたが、体が慣れたせいかそんなに寒いとは感じませんでした。
   家に着くと家内が帰っていましたが、心配したような買い物はなく、話を聞くと、午前9時過ぎに
”おちょぼさん”
  着いたのですが、早すぎたのか、お客さんも家内達の一行21人だけで、お店も少ししか開いてなくて、お参りしてから
  参道にある店を見ながら時間をつぶして、名物の串揚げも食べずに次の予定のとろろご飯の店に移動したようです。
  やはり、
”おちょぼさん”は月末の月並祭が賑やかで、それ以外の時は静かなようでした。
   家内はその後行った
「パラミタミュージアム」で開催中の「岡田文化財団寄贈作品展」の方が興味深かったようで
  すが、時間がなくてゆっくり見られなかったのが心残りだったようです。私もこのミュージアムは聞いたことはあるの
  ですが、行ったことがないので機会があれば家内と一緒に行きたいと思っています。


 11月13日(水)
   午前9時過ぎに家内はお茶の稽古に着物を着て出かけた後、私は午前10時過ぎから郵便局にレターパックの事を聞
  気に行きました。と言うのは、岡山の司法事務所から書類が送られてきたのですが、レターパックが同封してあって、
  それで返送するようにとあったのですが、書類を入れただけで出して良いのかどうか分からなかったので、郵便局で
  確認してから出そうと思って行きました。
   郵便局の奥さんに話を聞いて、書類を入れて封をしたレターパックは控えのシールを剥がして持っておけば、着かな
  かった時に追跡調査が出来るようになっていると聞いたのでシールだけ剥がして出しておきました。
   その後、先日の日曜日にパソコンがおかしくなったのですが、丁度、娘一家が来て
婿のnao君に見て貰ったら、ひょ
  っとしたらハードディスクが原因かもしれないと言って、中を確認して貰ったら、元に戻ったので一見落着でしたが、今
  のノートパソコンは5年前に買った物で、上級機種だからまだ使えると思うが、ある日突然駄目になるかも知れないと
  言われたので、買い替えるとしたら、最近はどんな機種があるのか見ておこうと思って
「ヤマダ電機」「エイデン」
  
「ケーズデンキ」をざっと回ってみました。
   最近のパソコンは5年前より当然進歩していると思いますが、10年、15年前の進化を考えると、私達のレベルの人間
  にはそれ程進化して使いやすくなっているとは思えません。パソコン本体のCPUや容量、メモリー等が早く大きくなっ
  ているのは分かるのですが、その為に却って使いにくくなっている点もあるので、買い替えるにしても難しい選択が
  必要になりそうですし、価格も機能に応じた値段になっている分よく考えなければと思っています。


 11月12日(火)
 
  家内は午前9時半頃に「誠武館婦人剣道」に出かけて行きましたが、今日は暖かくなりそうだから問題なさそうです
  が、これから寒くなると、剣道場の床が冷たいので、体が温まるまでは指先まで冷えるので大変だと言ってました。
   私の昨日から原因は分かりませんが、急に鼻炎が酷くなり、クシャミは連続で出る上に鼻水が止まらなくて、ティッ
  シュを鼻に詰めて部屋の中を移動していますが、朝一番に耳鼻科の強い薬を飲んだことを忘れて、午前9時過ぎに違
  う弱い薬を飲んだので、副作用と言う訳ではなく、眠気が酷くて午前中は何も出来ませんでした。

   午後からは中部大学の
「フィールドワーク論」(和崎春日教授)の講義に久し振りに出席しましたが、和崎教授は相変
  わらず、エネルギッシュな講義振りでしたが、教授の意図する事が私もそうですが、学生達にうまく伝わっていない様
  感じがします。
   今日も
フィールドワーク論=比較文化論の考え方の枠組(理論)という事で話があり、アメリカの人類学者フィリップ
  ・ボック
による比較文化の3つの方法がある。
  ①「歴史的」比較:先後(さきあと)を問う、時間に沿って比較する。
  ②普遍的要素(抽出)の比較:時間とか地域を問わない。人類文化、個々の民族文化を考える。
  ③機能・因果的比較:機能(因果関係から時間を抜いたもの)a-bがお互いに役割を果たす
           因果(原因があって結果があるー時間が入っている)
   以上のような説明がありましたが、私には何の事になるのか分かりませんでしたが、具体例として文化の違いがあ
  ると思ったのは、西洋(ヨーロッパ)と日本の家は昔は西洋の家は土足で入れて、それぞれ個室でドアがありますが、
  日本の家は畳みで履き物を脱いで上に上がり、障子やふすまで仕切られている部屋は、何かの時には取り払われ、一
  間になる造りでしたが、時間が経った、日本の今の家も洋風になり、玄関にはドアが多くなりましたが、西洋のドアは内
  開きですが、日本は外開きになっています。
   西洋の文化はセキュリティを考えて内開きですが、日本ではセキュリティよりは玄関が狭く、靴を脱いで上がるので
  ドアが外開きになっていると言う理由ですが、こう言う文化が時間(江戸時代と現代)や地域(西洋と日本)の事情で
  変化してくる事が比較文化の一例かなと思います。
   今日の先生の話で興味深かったのは先生が研究の為に30年前から通っているアフリカの
”カメルーン”の中に「バム
  ン王国」
があり、そこに”jumba(ジュンバ)”という服があるそうですが、近くに住むフルベ族では”juba(ジュバ)”と言
  いその服はカメルーンの南には無く、北の方を調べると
”jubba(ジュッバ)”と言う服があったそうです。スペインのイ
  ベリア半島では
”jubang(ジュバング)”と言い、フランスでは"jyuban(ジュバン)”→【ズボンの事】になり、日本では”襦
  袢(着物の下に着る物)”
と言う様になっています。。
   以上の様に㋑呼称が類似している。㋺形態㋩機能(上に着る物が下の着る物に変化)が違っている場合も比較文化
  の対象になると話してくれた事ですが、そういう事を研究しているが文化人類学なのかなと思いました。

   午後3時に終わったので、大急ぎで家に帰ってプールに行きましたが、今日ほ少し遅くなって午後3時30分に25プー
  ルに入ったのですが、行った時には25mプールに4人と流水プールに3人の7人しかいなくて、午後4時の休憩の後も8
  人しかいなくて、午後5時前に3人増えましたが、水泳教室の子供達が午後5時過ぎから来なかったら本当に淋しいプ
  -ルだと思いました。
 午後5時過ぎにプールを出て駐車場に行くと、地平線の少し上に大きな満月
 が出て来ている所でした。オレンジがかったこんなに大きく見えるまん丸い
 月を見たのは本当に久しぶりだと思って、デジタルカメラを出して来て写真
 に撮りましたが、自分の目で見た大きな満月の感激はデジカメで表わす事
 は無理だと思いました。
 デジカメを使い始めていつも思う事は、手軽で便利で簡単に撮れるのは本
 当に良いと思いますが、こういった時の自分の見たままの状態を表わす事
  が出来ないのは自分の未熟さもあると思いますが、デジカメの限界でもあるのかなと思います。



 11月11日(月)
   午前6時半に目が覚めたので、そのまま起きて新聞を取りに行ったら入っていなかったので、今日が休刊日だった事
  を思い出しましたが、寝る前には明日は新聞が休みだと思っていたのに、起きたら忘れているのですからどうしようも
  ありませんが、今更、焦っても仕方がないので諦めるのが一番だと思っています。
   家内は今日も午前9時過ぎに義妹と会って、まだ沢山ある義母の荷物整理をする為に実家に行くようですが、今日
  は実家の門かぶりの松とブロック塀の様子も見たいと言ってましたが、早くスッキリすると良いと思っています。
   今日の天気予報でお昼頃に一時的に雨が降ると言ってましたが、お昼を食べて、午後12時45分に中部大学に出かけ
  る時に、丁度、雷が鳴って、強烈な雨が降って来たので、車に乗り込もうとしただけでびしょ濡れになりましたが、講義
  が終わった午後3時頃には雲一つないような青空になっていました。
   今日の
「西洋文化史」(伊藤裕子教授)の講義はダニエル・デフォー作「ロビンソン クルーソー」について聞きました
  が、この小説は18世紀の初め、船の乗組員セルカークがファン・フェルナンデス(現チリ領)の無人島に置き去りにされ、
  5年後に救助されるまでの体験記が発表され多いのもてはやされた。
   
デフォーはこの話を基に「ロビンソン クルーソー」の物語を創作したと言われていますが、形式は語り手の「私」が
  口述日記を書く形になって物語が進むのですが、この小説が評価されているのは昔の何もなかった時代から次々と
  色々な経済活動するようになった経過を意識している点や、キリスト教徒の神を大切にする精神がしっかり書かれてい
  るような面があるからだと考えられているようです。
   私自身、今までの小説と同じように読んだことが無いので、講義の中でのあらすじを聞きながらこんな物語だった
  んだと初めて知りました。日本人の感覚ではサバイバル生活の仕方を伝授している小説であり、神様に感謝しながら
  生活する大切さを教えている小説という事になると思います。
   伊藤教授は今までの中でどれでも良いから自分がこれはと言う本を1冊しっかり読みなさいと言ってましたが、今の
  学生がどの程度、先生の言う事を聞いて本を読むのか興味がありますが、本離れが進んでいる中で1人でも本を読む
  人がいれば良いと思います。


 11月10日(

  
 今日は”春日井クリーン作戦”で団地の大掃除の日なので、午前8時30分から自分の家の周りを掃除して、午前9時
  からは指定場所(三角公園)に移動してみんなで共同で清掃作業をして午前9時40分に終了の予定でしたが、娘一家
  が午前10時までに来て、一緒にお墓参りと一宮市の毛糸店に買い物に行く予定になっているので、家の周りの掃除だ
  けして、共同清掃はパスする積りでした。
   家の周りの掃除が終わって、家の中に入って来た時に電話が鳴って、家内が出ると、東京の兄の長男で
甥のTくん
  ら、今、夫婦で岡崎にいるので春日井に寄りますと連絡があったので待っていたら、娘一家が到着したので、事情を話
  して、みんなで甥の
T夫婦を待つ事にしました。

   午前10時半過ぎに
T夫婦が着いたので、娘はいとこ同士で知っていますが、娘婿のnao君と甥の嫁のhatuneさん
  初対面で、孫も当然初めてですから、それぞれを紹介して、我が家に来た理由を聞きました。
   
T君は勤務している会社が勤続30年になり、特別休暇が貰えたのと結婚25周年なる記念
  に東京から山口県まで車で夫婦2人でドライブ旅行をする事にしたそうで、今日は初日で伊勢
  志摩まで行く途中に我が家に寄ってくれたそうです。
   その話を聞いた私は8月に岡山に墓参りに行った時に岡山の兄夫婦が昨日か今日
「志摩観
  光ホテル」
に来ると聞いた事を思い出し、岡山の姪のmihoちゃんに確認したら、今日、上の姪
  のmikiちゃん
娘のmomokoと一緒に泊る事になっていると聞きました。
   その話を聞き、Tくんに宿泊ホテルを聞くと、同じ
「志摩観光ホテル」だと聞いたので、ホテ
  ルに着いてから連絡して会えると良いと思い、Tくんにmikiちゃんの電話番号を教えておきました。
   1時間程の短い時間でしたが、色々と話して、最後にみんなで記念写真を撮り、
T夫婦は伊勢に向って出発して行き
  ました。彼等が寄ってくれた時に、偶然、娘一家が来ると言うのも何かの縁だと思うと、こう言う機会は大切な親戚同
  士の付き合いの場だと思いました。

   
T夫婦を見送ってから、お昼をラーメン屋で済ませて、家内の両親の墓参りに次男も一緒に7人でnao君の車で一宮
  の
「妙興寺」に向いました。お寺の近くの「平和堂」でお花を買って、午後1時半過ぎに墓所に着きましたが、日曜日と
  あって、新しい花の活けてあるお墓があちらこちらにありました。孫2人には初めての墓参りになるのでお水を掛けて
  お線香を上げて手を合わせる事を教えてお参りしました。
   墓参りの後、娘が毛糸を買いに
「真清田神社」近くの毛糸・編糸「い志い」に行きたいと言うので一緒に行きましたが
  、
「真清田神社」の駐車場がいっぱいだったので、隣の体育館の駐車場に止めましたが、今日は”七五三”参りの人達の
  ピークだという事に気が付きました。
    
   最初にお参りをしましたが、本殿内では沢山の
”七五三”の親子連れが神主のお祓いを受けていました。私達は神社
  の境内を通って「い志い」に行きましたが、昔は毛糸や布地、衣服を売っている店が軒を並べていたのですが、今では
  その面影も無く、何軒かの店が営業していましたが、
「い志い」だけは昔と変わらず頑張っている様子でした。
   娘は何種類かの毛糸を買ったので帰ろうとしていましたが、家内が向かい側の小さな店の人から熱心に声を掛けら
  て、何か買わないといけない気持ちになって、娘の気に入った毛糸を買ってあげたと聞いて、家内の気持のやさしさ
  は相変わらずだと思いました。

   午後2時半過ぎに買い物を終わり、我が家に午後3時半前に着いてテレビを点けると、天皇陛下
「祝賀御列の儀」
  パレードの中継をやっていました。今日は天気も良く寒さも無かったので、絶好のパレード日和になったと思いますが、
  天皇皇后両陛下も終始笑顔で沿道の人達に手を振っていました。
    
   夕食は午後5時半頃から食べに行く事にして、家内は娘の買った毛糸をかせくり器で球にする作業を教えて娘にや
  らせていましたが、それを見ていた
上の孫のmn実が娘に代わってやっていました。その後、家内は下の孫のnt実のお
  絵かきの相手をしながら絵の描き方を教えていましたが、本当にやさしいおばあちゃんだと思います。

   午後5時半過ぎに家を出て、パスタが美味しい
「アルデンテ・パパ」に行き、それぞれお気に入りのパスタを食べまし
  たが、この店はSサイズが他の店の並でMが大盛だからと次男が言うので、次男と
婿のnao君以外はSで注文しました
  が、次男の言う通りで、Sで丁度良い量でした。
   午後6時半頃、夕食が終わって家に帰る途中に携帯が鳴ったので、出ると、岡山の
姪のmihoちゃんからT夫妻上の
  
姪のmikiちゃんや岡山の兄夫婦は会えたそうですが、それ以上に驚いたのは、宿泊する部屋が、偶然、真ん前の部屋
  だったそうですから、こんな偶然もあるから人生は楽しいのかもしれませんが、それにしても不思議な事があるもの
  だと思いました。



 11月9日(土)
  
 午前10時30分からT道路のOB会「鯱会(しゃちほこかい)」があるので、午前9時半に家内に春日井駅まで送って貰
  って、会場の
「名古屋栄東急REIホテル」に行きました。
   今年は役員の任期2年が切れるので、役員改選ですが、会長一任で私を含め現役員全員留任で新たに
K.Kさんを新
  たに選びました。その他、新入会員がいないので会員から質問が出ていましたが、今は
「働き方改革」で雇用が延長さ
  れ、今年は新規の退職者が居なかったのでOB会への新入会員がなしという事のようです。
 午前11時から現役社員も交えた懇親会が
O.Y会長の挨拶でスタートしまし
 たが、中部支社でも移動があり、工事部長や製品部長が変わり、新しい人
 が転勤して来ましたが、私の知っている現役社員が又少なくなったと思い
 ましたが、それでも、私の現役当時からの社員も残っているので話が出来
 ますが、いつかは話の通じる現役はいなくなるだろうと思っています。
 OBでも体調不良や健康不安で欠席の人もいますが、私が気になっていた
 今年初めに多治見の自宅を処分して奥さんと2人で春日井市内のケアハ
  ウス
「グレースフル春日井」に移って来たK.Rさんが元気な顔を見せていたので安心しました。
  関西在住の賛助会員4人も全員揃って出席していたので、今年は賑やかな感じがしましたが、出欠ハガキを読んでい
  奥さんの介護で来られない人もいるのは、今の時代の老々介護の現状を表していると思いました。
   現役やOBと話していたら、あっと言う間に2時間が経ち、関西から来てくれた元工事部長で賛助会員の
M.Hさん
  閉会の挨拶で来年の再会を約束してOB会はお開きになりました。私はK.Rさんと一緒に帰り、春日井駅まで家内に迎
  えに来てもらって、
K.Rさんをケアハウスまで送ってから家に帰って来ました。

   午前中、OB会の時に長男からラインで、昨日、泥棒に入られ、警察が来たりして大変でしたが、少し落ち着きましたと
  連絡が入っていたので、午後5時過ぎに長男に電話をして様子を聞きましたが、日中、誰もいない時に隣の家との間の
  窓を割って、内側の鍵を開けて侵入し、電話台の下と2階のタンスの鍵のかかる引き出しをこじ開けて現金だけを盗ん
  で行ったらしく、他の物には一切手を付けていなかったそうです。
   東京の多摩地区では、この所、窃盗犯が横行していて小平市に対策本部が出来るほど件数も多くて、戻って来る事
  はないと思うし、今後1年間くらいは入る事はないと言われたらしいのですが、何か対策をした方が良さそうです。
   家内は体を傷つけられたり、事故に遭うより、お金だけで済んで良かったと思えばあきらめもつくと言ってましたが
  、当事者で第1発見者の長男の
嫁のsayaさんにしたらショックだと思いますが、一日も早く気持を切り替えてほしいと
  思っています。



 11月8日(金)
   今朝は昨日までと違って暖かい感じがすると思って温度計を見ると、11℃を指していたのでなる程と納得しました。
  日中も穏やかな日になり、本当にこれが
”小春日和”と言える日だなと感じましたが、暦を見ると、今日が”立冬”だと
  知りこれから本格的な冬が来ると思いましたが、北海道でも初雪の便りがありましたから冬到来のようです。
   今日は、午前中、何も予定が無いと家内は家中の掃除機をかけていましたが、私は9月のクルーズのアルバムを早く
  HPに乗せたいと思って、久し振りに集中して写真の整理をしましたが、2ヶ月近く経つと忘れている事も多く、旅行が
  終わったら直ぐにやらなければと反省しました。

   午後からはみずほ銀行が家内に担当者交代の挨拶に来ると言ってましたが、午後2時に来たのはみずほ証券の人で
  家内もいい加減に聞いていたので、どちらか分からなかったようですが、入社2年目の若い子なので、先方も会社名
  をハッキリ言ったのかなと思うような担当者でした。元々、馴染みがある訳ではなく、たまたま、義母の関係でご縁が
  あっただけですが、今日は挨拶だけと言いながら、家内の持っている国債の話をしていたら、1年だけ持って解約し、ま
  た買い直せば、現金プレゼントがあるキャンペーン中と聞いて家内は直ぐにそうする事にしました。
   私も話を聞いて、そんなキャンペーンがずっと続くのなら、毎年、繰り返して解約と買い直しをすれば、利息以上の
  現金が入る事になるので、みんながやれば良いと思いますが、長く続くとは思えません。

   午後2時半過ぎに営業マンが帰ったので、私は午後3時からプールに行きましたが、今日も午後4時までは人がいま
  したが、午後4時からは25mプールに3人、私が歩いていた流水プールは私と母子連れが2組の5人で合計8人が最高
  で、一時は4人の時もありました。午後5時前からは水泳教室の子供達が来て賑やかになりましたが、プールもある程
  度人がいた方が安心出来ると思いました。



 11月7日(木)
 
  今日は第1木曜日で、本来は「中国語同好会」は無いのですが、先月、先生の都合で1回休んだので、その代わりとい
  う事で、今日やる事になりましたが、集まったのは5人で、自分の順番が直ぐ廻って来るので大変でしたが、その分、勉
  強になりましたが、自分の記憶力の悪さと忘れっぽさが嫌になりました。来週も続けてあるので、却って私にとっては
  その方が良いのかもしれないと思っています。
   お昼頃に家に着くと、健康体操に行ってた家内は既に帰っていて、お昼を食べていましたが、来週は健康体操の秋
  の遠足で
「お千代母稲荷」に行く事になっていて、野菜や食べ物の安いものがあるから沢山買って帰れるようにと携
  帯用の買い物かごを持って行くと張り切っていましたが、女性ばかりの遠足ですから安い物があれば、競って買って
  来るような気がしますが、それが楽しみなら仕方がないのかなと思っています。


 11月6日(水)
 
  今朝も6℃と冷え込みましたが、日中は20℃を超える暖かい日になるそうです。家内は午前9時過ぎに今日は久し
  振りに午前中お茶の稽古、午後は日本画のフルタイムの稽古日だと言いながら出かけて行きました。
   私は午前10時過ぎに昨日のゴルフのラウンド中に靴底の鋲が取れたので補充する為に
「ゴルフ5」に行って2個だけ
  買いましたが、実は鋲だけでなく、靴底と上の部分が綺麗に剥がれたので、ゴム用ボンドで接着したのですが、うまく
  接着できたかどうかは履いてある程度歩いて見なければ分からないので、余分な鋲を買っても無駄になるかも知れ
  ないと思い、必要な数だけ買いました。
   その後、
「東海岡山県人会」宛に広告料10,000円を振り込みに行きましたが、会員が広告料を払うのはおかしいの
  ですが、県人会で1年に1回会報誌
「東海岡山県人会だより・晴れの国」を出すのに経費が無いので、県人会の役員が
  役職に応じて2万円、1万円を寄付する代わりに会報に名前を出す事で経費を賄っているのが現状です。
   会長・副会長は2万円で監事・幹事は1万円という事になっているので、私は監事として1万円を割り当てられている
  と思って振り込みましたが、県人会がもう少し財政的に楽になってこう言う事が早く無くなってほしいと願っています
  が、本来はスポンサーの岡山県が愛知県の様に裕福な自治体では無いので、当分、期待出来そうにありません。


 11月5日(火)
 
  昨夜の天気予報で今朝は冷え込むと言ってたので、午前6時過ぎに我が家の温度計を見ると7℃を指していて、こ
  の秋一番の冷え込みになりましたが、日中は20℃まで上がるそうです。
   今年最後の
「桃球会」のコンペがあったので参加しましたが、「日吉ハイランド倶楽部」は標高500mの所にあるので
  今朝は
2℃まで下がったと迎えに来てくれたマイクロバスの運転手が言ってましたが、スタートの午前9時頃には10℃
  位までは上っていたと思います。ゴルフ場の人の話では昼頃には20℃近くまで上がるようだったので、朝は薄手のセ
  -ターを着て、気温が上がったらベストにしようと思ってスタートしました。
   今日の
「桃球会」のコンペは最終的には4組15名のメンバーになりましたが、本来、6組24名程度のメンバーがいて、
  少なくても5組20名程度の参加者がいるのですが、最近は体調が悪くなったり、腰痛、膝痛でプレーが困難になった
  人達が増えて来て、最近は4組~5組迄が精一杯になって来ています。
   今日の15名の参加者の平均年齢が76歳ですが、私が75歳ですから平均に近いのですが、私より若い人は4人しか
  いないので、コンペも高齢化の波が押し寄せて来ているのが良く分かります。
 今日の私のラウンドはアウト2組目でスタートしましたが、1番からティショットが左方向に引っ掛か
 り気味で、今日のグリーンが高麗芝のグリーンで距離も短い方なのでパーが取りやすいのです
 が、1番でいきなりダブルボギーを叩き2番は何とか1パットでボギーで済んだのですが、3番ロン
 グでダブルボギー、4番ショートホールは池ポチャでトリプルボギーと最悪のスタートで
アウトは
 49
と言うスコアでした。インに入ってティショットが落ち着いて来て10番から14番まではボギーペ
 ース来たのですが、15番で林に打ち込んでトリプルを叩きましたが、17番ショートホールでパーを
 取り、
インは46トータル95と言うスコアになりました。
   結果は100以下で済んだので、まずまずと言いたい所ですが、今日のグリーンが高麗グリーンで距離の短い所だっ
  ったので、もっとパーを取って80台が出ていると良かったのですが、95では叩き過ぎだったような気持ちです。
   優勝したのは今日のメンバーの最年長で
83歳のE.Sさんですが、7番ショートホールでホールインワンを出したと聞
  いて凄いと思いましたが、キャディさんが付いていないのでホールインワン保険の対象にならないのですが、御本人
  も2回目なので、特に何もしないし、何もして貰わなくて結構ですという事のようです。いずれにしても私より年上の
  方が上位に来て、まして、優勝したという事は他の人にも刺激になって良かったと思うので、
E.Sさんにはこれからも
  頑張ってゴルフを続けてもらいたいと思います。



 11月4日(月)
振替休日
   この所、毎日秋らしい天気が続いていますが、今朝も同じような朝で日中も20℃を超す日になるそうですが、本当
  に秋真っ盛りの日になり、本来なら紅葉でも見に行きたい所ですが、家内は義妹といつもの
「アピタ千代田橋店」で待
  ち合わせて、義母の荷物整理に出かけました。いつまで続けるつもりなのか分かりませんが、姉妹が会う機会になって
  いるので良い事だと思いますが、近い内に切り上げて、別の名目で月に1度か2度会って話をすればと思います。
   私は
「清水屋」で開かれている”ガス展”が今日までなので、買い物がてら抽選券を持って「清水屋」に行きましたが
  、クジはハズレで買い物も防寒着で良いものがあったのですが、サイズが合わなかったので諦めました。
   今日は振替休日ですが、休みだという事がピンと来なくて、午後3時からプールに行ったら、家族連れが多かったの
  で、休みだと実感しました。スイミングコースにも小学生が来て、親が見ている中を泳いでいましたが、25mをやっと
  泳げる子もいて、なかなか進まない子もいるので苦労しましたが、何とか600m程泳いで、午後4時からは流水プール
  で40分歩いて帰って来ましたが、帰る頃にはかなり強い風が吹いていたので、木枯らし1号かなと思いました。



 11月3日(
文化の日
 
  今日は国民の祝日の「文化の日」ですが、家内の誕生日でもあり、私の住む「団地文化祭」でもある日ですが、最近
  の我が家では文化祭が優先されていて、家内の誕生日は後回しになっています。
   今朝も私は起きた時には家内の誕生日だと思っていたのですが、家内が起きて来た時には朝食のパンを食べてい
  て、誕生日だという事を忘れていました。朝食を終わる頃に家内が誕生日だと言ったので思い出して残りのコーヒー
  で
”誕生日おめでとう”を言いましたが、今ではお互いプレゼントも無しでたまにバースデイケーキを食べるだけにな
  ってしまいましたが、私も家内も元気で誕生日を迎えられたことに感謝する気持ちの方が強く、お祝いをしてもしなく
  ても一緒のような感じですが、私の独りよがりかもしれません。

   家内は午前8時45分に迎えに来た、
近所のH.Kさんと一緒に「団地文化祭」の模擬店の手伝い
  に出かけて行きましたが、私は午前8時前から戦国駅伝と言われている
「第51回全日本大学駅
  伝対抗選手権大会」
のテレビ中継を見ていました。今年は3大駅伝の初戦「出雲駅伝」で國學院
  大學が初優勝して、今回の「全日本大学駅伝」でも5強の一角に名乗りを挙げ、駒沢大、東海大、
  東洋大、青学大と共に優勝候補になっていて、興味津々の大会になると思って見ていました。
   1区からいきなり城西大学がトップに立ち、2区では初出場の東京国際大学が14位から首位に
  躍り出て驚かせ、3区では東洋大の相澤選手が11位からトップに立ち、4区はそのまま引き継ぎま
  したが、5区では2位の東海大が東洋大を抜き首位になり、6区は首位を守りましたが、7区では3位だった青学大の吉
  田選手が逆転し、首位で最終の8区につなぎましたが、8区では東海大の名取選手が青学大の飯田選手を抜いて再び
  首位を奪い返し、1位でゴールし2度目の優勝を果たしました。

   結果は優勝候補の一角と言われる東海大学が優勝しましたが、10区間のうち5回も首位が入れ替わるような駅伝は
  今まであまり見たことが無く、ある程度見通しがついたら、早目に
「団地文化祭」に行く積りでしたが、結局、最後まで
  目が離せない大会だったので、東海大学の優勝を見届けてから、午後1時半頃に会場に行き、家内の模擬店の担当の
  ソフトクリームを食べる積りでしたが、既に売り切れになっていて、私の食べられるものは残っていませんでしたが、家
  内の手作りのポスターが会場にピッタリで売上げに貢献したのかなと勝手に思いました。
   仕方が無いので、展示会場の方の作品を見に行きましたが、一日限りになったせいか、人が多く来ていると思いまし
  た。作品の方は例年と変りないように見えましたが、それぞれ頑張って出品していましたし、去年はやらなかったお茶
  会も今年は復活して楽しんでいる人も多いように見えました。
    



 11月2日(土)
   今日は明日の「団地文化祭」の模擬店の準備があったのですが、家内は孫2人の”学芸会”があると言うので休む事
  になり、模擬店のポスターを作って昨日渡しておいて午前7時50分に家を出ました。
   いつも行く名古屋ICから名2環に入り高針JCTで名古屋高速に入り、少し走って名高速大高線に入って笠寺ICに行く
  積りでしたが、大高線への入口が工事中で進入禁止になっていたので、そのまま走って黄金料金所で下りましたが、こ
  の辺の地理が分からず焦りましたが、ナビを入れると娘の所に午前9時頃には到着できる事が分かって安心しました。
   午前9時に娘の所に着き、車を置いて、歩いて5分も掛からない星崎小学校の体育館に行きましたが、今は時代のせ
  いもあると思いますが、誰でも入れるわけではなく、自分と生徒の名前を書いて、関係者である証拠のストラップを貰
  って会場に入れました。
 午前9時20分から下の孫の3年生の
nt実の出番でしたが、最近は恥ずかしいから自分に分からな
 いように見てほしいと言うようになり、上の孫の5年生の
mn実は誰か見に来ているかどうか確認
 して張り切ってやるような子ですから、同じ姉妹でもタイプが違うと思います。
 3年生は
「しばらくの関」と言う題名で関所を通り為に芸を披露すると言う内容でnt実達のグルー
 プは音楽をやり、
nt実はリコーダーを吹いていましたが、大きな通行手形を持って吹いていたの
 で大丈夫かなと思っていましたが、何とか無事に終わりました。
 5年生は
「中津川戦国物語」と言う現代からタイムスリップして戦国時代に
  行くと言うストーリーですが、mn実は現代の自分達の役ですから普通の青の濃淡の服装で出て
  いましたが、今は1つの役を複数の生徒が演じるので、同じような色合いの服装にして交代でや
  っていましたが、何でも平等にすると言う考え方だと思いますが、昔は学芸会や運動会では勉
  強が出来なくても、主役になれるチャンスがあったので、そういう時代に育った私には孫の学
  芸会を見ても、本来なら1人の主役が5人も6人もいると何となく違和感を感じます。
   午前11時前に5年生の
mn実の劇が終わったので、娘の所に帰り、婿のnao君のご両親O.Kさん
  と話しましたが、2人共、半年くらいの間に病気や事故で入院したそうですが、今日は孫の学芸会の来れたので元気に
  なった証拠かなと思いますが、私達夫婦より歳が上なので、まだまだ元気でいてほしいと願っています。
   お昼は娘がカレーを作ってあったので、私は自分でカレーラーメンにして、少し早目に食べ終わりましたが、家内や
  O.Kさん、娘夫婦は子供達が帰ってから一緒に食べていました。

   午後2時半過ぎに
O.Kさんが帰ってから私達は夕食を近くのレストランで食べて帰る積りでしたが、下の孫のnt実
  
「なばなの里」のイルミネーションを見に行きたいと言うので、付き合う事にして、午後3時半過ぎに「なばなの里」に
  向いました。高速道路を使わずに国道23号線を走って行きましたが、土曜日のせいか思ったより混んでいなくて、午後
  4時半頃に駐車場に着きました。
   入場料は大人も子供もイルミネーション期間は2,300円でその内1,000円は園内で使える金券になっているので、実
  質は1,300円という事になりますが、1,000円は園内で使うのですから上手く考えていると思います。最初に花ひろば
  に行って、コスモス畑を見る積りでしたが、時間が遅かったようで既に閉鎖されていました。
   イルミネーションの点灯時間は午後5時10分からだと聞いたので、先に夕食を食べてからゆっくり見る事にして、レス
  トランを探して、比較的並んでいる日が少なかった
イタリアンレストラン「麦」で20分程並んで、パスタとピザを食べて
  から午後6時頃に店を出て、先に
”ハイランド富士”に乗ってイルミネーションを見る事にしました。
   15分位並んで乗れましたが、以前、8月に亡くなった義母を連れて来た時に乗った事がありますが、それがいつ頃だ
  ったのかはっきりしませんが、上から見た景色は今となっては懐かしい思い出になっています。
    
   午後7時前に下りて、場内を歩いてイルミネーションのメイン会場の入口「光のトンネル」に到着しましたが、点灯して
  2時間近く経っても多くの人がメイン会場のイルミネーションに向っていました。200mの
「光のトンネル」の中では記念
  写真を撮っているカップルや家族連れもいて、なかなか進みませんでしたが、半分くらい進むと空いて来て私達も記
  念写真を撮って楽しみました。
   メイン会場に入ると今年のテーマの
”さくら”という事で、イルミネーションが様々に変化していく様子が見られて、
  日本一のイルミネーションと言う理由が分かるスケールと内容だと思いました。
   午後8時前まで見て、帰りに
土産物屋「村の市」で孫2人が欲しい物を買ってやって、駐車場でバイバイしましたが、
  東名阪道の「長島IC」から帰ると、丁度、午後9時に春日井の自宅に着きました。


 11月1日(金)

 
  今日から11月ですが、家内がいつも言うあと〇ヶ月したらお正月と言う言葉に実感が出て来る月になったと思いま  が、今朝の温度計が10℃で、日中は20℃を超えると言ってたので、今が秋本番だと思っています。
   家内は昨日から作っていた
「団地文化祭」の模擬店のポスターが出来上がったので、今日から「老人憩の家」で準備
  しているお世話役の
Y.Mさんの所に届けに行きましたが、私から見るとそこまでやらなくてもと思いますが、それが家
  内の性格であり長所だと思うと、元気な内は私も協力して行こうと思っています。
   午後から
」坂下パソコン同好会」があったので、坂下公民館に行きましたが、皆さんから元気でしたかと言われまし
  たが、考えてみれば、8月から10月の間に2回しか出席してないのですから言われても仕方が無いと思いました。
   午後3時15分に終わって、大急ぎで家に帰ってから、午後4時からプールに行きましたが、25mプールと流水プール
  に入って行くと、人が誰もいなくて
”今日は休み?”と思うような感じでしたが、良く見ると25mプールに女性が1人だ
  け歩いているのが分かりましたが、それ以外は監視員の人達がいるだけでシーンとしていました。私がプールに通い
  出して15年以上になりますがこんな事は初めてでした。午後5時迄25mプールで泳ぎましたが、25mプールと流水プ
  -ルに5人以上の人が来なかったのも初めてでした。午後5時過ぎからは子供達の水泳教室で賑やかになりましたが、
  それ以外の人達は私が帰る午後6時前までに10人もいませんでした。

   11月1日の我が家の庭は
ユズが黄色く色づいていますが、レモンは鈴なりですが、まだ、色づいていないので、もう
  少し大きくなってから収穫したいと思っています。秋の七草の
フジバカマススキは今が見頃で、ムラサキシキブ
  も綺麗な紫色の実を付けています。家内が一度切っ
団菊ホトトギスは再び花を咲かせて楽しませてくれています。
    
    


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