7月31日(日)
午前6時前に起きて下に行き、朝ご飯を食べていたら、孫2人と娘が起きてきました。昨夜は午後12時近くまで洋
服作りをしていたらしく、娘は孫に起こされて仕方なく居間に来たようでした。
家内は午前7時過ぎに起きて来ましたが、起きて来ると孫2人は、早速、遊ぼうと言いながら寄ってきます。家内
も食事が終わると2階から水彩絵の具を持って来て、2人に筆を持たせて野菜を見ながら自由に描かせていまし
たが、上のmn実の描いたナスビはなかなか上手でした。
お昼は孫と一緒に「フィール」の”さくら”にお好み焼きを買いに行き、昨日、「ナフコ」で買った土用の鰻を昼前に
来た娘婿のnao君と次男も一緒に全員で食べました。
午後から家内と娘は上のmn実の洋服を何とか帰るまでに完成させようと一生懸命で、孫2人が退屈をしている
ので、私と娘婿のnao君で落合公園に連れて行く事になりました。と言うのも、nao君が今話題の”ポケモンGO”
をやっていて、次男が「落合公園」もポケモンがいて人が大勢集まっていたと言ったので行って見る事にしたの
です。
午後4時過ぎに「落合公園」に着き、私が子供達を遊具に連れて行き、遊ばせている内にnao
君はスマートホンを片手にポケモンを探しに行きました。
子供達はポケモンゲームは関係なく、遊具で遊んでいましたが、少しすると飽きて来たので
、「お父さんは何処に行ったのかな」と公園内を探す事にして、落合公園のシンボルになって
いる「水の塔」に行き、一番上まで登ってみましたが、公園内だけでなく春日井市内が見渡
せてなかなかの景色でした。
公園内を見ると他にも携帯の画面を見ながら歩いている人が結構いたのは”ポケモンGO”
をやっている人達かなと思いました。午後5時近くになったので、遊具に戻るとnao君も戻っ
ていてポケモンが沢山いたと言ってました。
家に帰ると家内と娘はまだ上のmn実の洋服作りが終わってなくて、夕食が始まるギリギリまでやっていました。
今日は夕食後、直ぐに帰る事になっていたのですが、帰る頃になると上のmn実が急にしくしく泣きだしたので、
淋しくなったのかと思ったら、今回はおばあちゃんと少ししか遊べなかったと言うと、下のnt実も私も遊べなか
ったと同じように泣き出しました。孫2人にそう言われると家内も困って、今度、いっぱい遊ぼうねと言いながら
慰めていました。男の子はそんな事はないと思いますが、女の子はおセンチになるのかもしれません。色々あり
ましたが、最後は笑顔で午後8時過ぎに帰って行きました。
7月30日(土)
今日は午後6時から団地の盆踊り大会があるので、午前10時過ぎに娘と孫を迎え に行
きました。天気予報では雨の心配は無さそうでしたが、朝方、一時、雲が出てパラッと来
ましたが、その後は陽が出て暑い日になりました。
孫2人は相変わらず、家内と一緒にいて甘えたいのか、車に乗っても、ナフコやパン屋に
買い物に行っても傍を離れず家まで来ました。
お昼は買って来たサンドイッチと昨日の残りの鶏の唐揚げ、ソーメン
を食べましたが、昼食後直ぐに子供達は2人で仲良くお菓子のプリン
を作っていましたが、上のmn実はお姉ちゃんらしく下のnt実の分も手
伝って作ってやっていました。
午後3時頃にいつも畑で作った野菜を持って来ていただく、D.Nさんから電話があり、キュウ
リとナス、スイカを持って行きますと言われ、孫と一緒に待っていると沢山のキュウリとナス、
ズッキーニ、スイカを持ったD.Nさんが姿を見せると子供と家内が大喜びで玄関に駆けつけ
けていました。家内は頂いたキュウリを使って、早速、”きゅうりのキューちゃん”を作り始めま
したが、上のmn実がきゅうりを包丁で切りたいと言うと、下のnt実も切りたいと言い、家内は2人にきゅうりを切
る手伝いをさせていましたが、こういった姿を見ると女の子の方が育てやすいのかなと思いました。
午後6時近くになり、2人に家内お手製の揃いの浴衣を着せて、ゴザとテーブル、椅子を持って団地の盆踊り会場
のグランドに出かけました。運良く、太陽も雲に隠れ、暑さも少し和らいだので、ボツボツ人も集りはじめていまし
た。子供達は早速、無料のス-パーボール掬いをして、綿菓子とポップコーンを貰っていましたが、大人の私はビ
ールとおつまみになりそうな唐揚げや焼き鳥、みたらし団子を買って席に戻りました。
家内も私も社会福祉協議会や安全協議会の関係でお手伝いをしなければいけないのですが、孫2人の世話とい
う事で皆さんにご了解して頂いていますが、せめて、売上に協力しようと頑張って買いました。
午後6時25分からのオープニングで和太鼓演奏があり、Y.T自治会長の開会の挨拶で盆踊り大会がスタートしま
した。ここ数年前から若い人達が来るようになって、あちこちでいくつかのグループが同窓会のような感じで飲
んだり食べたりしているのは何となく心強い気持ちになります。
    
午後7時前には伊藤太市長も顔を出し、挨拶の後で団地の皆さんと話して、次の会場に移って行きましたが、この
時期は各地で盆踊り大会や夏祭りがあるので顔を出すだけでも大変だろうと思います。
午後8時半が終了時間ですが、子供達が疲れて眠そうになって来たので、午後8時に引き上げてきました。帰って
から家内は2人を風呂に入れて、寝かしつけてから、娘が孫のピアノの発表会の為に作り始めた洋服作りを手伝
うと言うか、娘に教えながら作っていたので私は先に寝ました。
7月28日(木)
梅雨明けしてから夏本番と言いながら、日中は別として朝晩は本当に涼しい日が続いて、エアコンのお世話にな
る事がほとんどなく、昨夜もタオルケット掛けて寝ても丁度良いくらいでした。
午前10時から「東部中国語同好会」に行きましたが、前回休んだので、1ヶ月ぶりに皆さんの顔を見る事になりま
す。この所、教科書を見る事が無く、今朝になって久し振りに開きましたが、情けないくらい読み方を忘れている
単語が多いのに自分で呆れてしまいました。
繰り返し出て来る単語は忘れませんが、たまに出て来て、辞書を引いてピンイン(発音)を覚えた単語は、続けて
出てこないと忘れているのは歳のせいで仕方がないような気もしますが、予習をしておけばまだしも、そんな
に熱心な勉強家でない身ですから余計に身に凍みます。
旅行のアルバム写真や旅行記の整理がついたら、もう少し頑張って皆さんに迷惑が掛からない程度はやりたい
と思っていますが、それが済むと、明後日からは孫が来るし、来週は岡山に墓参りがあり、その後も色々と予定
が入っているので落ち着いて勉強と言う訳にも行きませんが、”継続は力なり”の言葉を頼りに続けようと思っ
ています。
7月27日(水)
昨日ほどではありませんが涼しい朝でした。家内は午前9時過ぎにお茶の稽古に出かけたので、私は「皿貝接骨
院」に出かけ、腰の治療を受け、帰りに「LIVIN」の宝くじ売り場で6月のドリームジャンボの結果を調べてもらい、
4等4,000円が当たっていたので、今回のサマージャンボを10枚買い足しました。
私の宝くじ歴も50年近くになりますが、当然、1等は当たったことはありませんが、30年位前に1度だけ10万円が
当たり、その後は3,000円がたまに当たるくらいです。最近では家内は「もったいないから買わない」と言って、
買うのをやめましたが、それでも、私は買わないと当たらないので続けていますが、当たるかも知れないと言う
気持ちも薄れて来て、抽選日に見るのを忘れていて、今回の様に売り場に来て当たっていると、嬉しい気持ちに
なるので、これからも夢を見ながら買い続けようと思います。
午後12時過ぎに家に着いてお昼を食べようとしている所に宅配業者が昨日の午後、アマゾンで注文したプリン
ターのインクが届きました。今までは急いでなかったので”普通便”で注文していましたが、今回は家内から急い
で印刷してほしいと言われていたので”お急ぎ便”で注文したら、24時間も経たない内に届いたのですから、今
のアマゾンのシステムは凄いと思いました。それも、送料無料ですから余計にそう思いました。
7月26日(火)
一日中、雨の降る日になりそうだと、家内は家の中にある植木鉢を庭に持って出て、水遣りが1回節約できると言
ってましたが、労力と水道代を考えると、自己満足としか言いようがないと思いました。
今日の気温は長袖が恋しくなるくらいで、居間の戸を開けておくと肌寒さを感じるので、午前中は戸を締めて過
ごしました。午後12時過ぎに「エイデン」から電話があり、修理に出していたプリンターが出来上がって来たと言
われたので、直ぐに取りに行き、持って帰って、早速、クルーズの写真を印刷しましたが、修理前とは違い、快調に
動いて印刷をしてくれたので、不足しそうなインクをインターネットで注文しました。
午後4時から市民プールに行きましたが、夏休みにも拘わらず、さすがに来ている人は少なくて、午後5時過ぎの
流水プールは、少ない時は私を含めて3人の時もありましたが、午後6時近くになると、6時からの”夏休み水泳
教室”に参加の小学生が来たので賑やかになりました。
さすがに夏休みでも午後6時過ぎると人が少なくなるので水泳教室をやっているようですが、午後6時という夕
食時間に来る子供達は水泳教室が終わってから夕食なのか、その前に軽く何かを食べて来るのか分かりません
が、親子とも大変だなあと思いました。
7月25日(月)
朝から一昨日昨日の”ポケモンGO”のトラブルや事故のニュースが相次いでいますが、ゲームをやらない身に
は、何故、そんなに夢中になるのかどうしても理解に苦しみます。
家内はいつもの様に義母の所に出かけたので、私は午前9時過ぎに「東野内科クリニック」に電話をして、診察し
ているかどうか聞くと、先生は17日に腸閉塞で入院し、手術せずに1週間の治療で退院する予定が発熱したので
、退院は延期になったそうです。しかし、薬は出してもらえるという事で薬だけ貰いに行きました。
以前にも思った事ですが、K.M先生は私より5歳上で、最近は体調不良になる事が多く、私自身、かかりつけ医は
私より年下で元気なお医者さんが良いと思っているので、K.M先生が現役の内に次のかかりつけ医を探さなけ
ればと思っていますが簡単には見つからないかもしれません。
午前10時過ぎに薬を貰って帰る途中、王子ゴルフ練習場に寄って200球程打って練習しましたが、今日は腰の調
子が良く、ドライバーも久し振りに上手く打てたので気持のよい練習が出来ました。
7月24日(日)
朝から曇りの天気でしたが、午前中は気温もそれほど高くなく、凌ぎやすい感じでした。新聞を取りに行った時に
グリーンカーテンで白とピンクのアサガオが咲いているのが見えました。今年はこのまま枯れてしまうのかと思
っていたら、思い出したように朝顔が咲きます。その前のシモツケもとっくの昔に花が終わったと思っていたら、
最近になって、少し花が咲いているのはどうしてか良く分かりません。レモンも今年は全部花が落ちて駄目だと
思っていたら、最近、2つ3つ花が咲いて、実になりそうな感じがあるので、何とか1つでも2つで実になってほし
いと願っています。
   
この所、テレビのニュースで琵琶湖や木曽三川公園の池で蓮の花が全滅したとか、激減したと言ってますが、全
国的にもそういった所が出ているようで、原因がはっきりしない分、余計に心配です。
「潮見坂平和公園」にも、毎年、”大賀ハス”の咲く池があり、今年はどうなっているの
か、見ていないので、午後4時過ぎから、ウオーキングを兼ねて公園内の池の”大賀ハ
ス”の様子を見に行きました。
朝方は曇っていたのですが、午後からは日も射すようになり、気温も少し上がって来
ましたが、それでも、うだるような暑さではありませんでした。いつものコースを通っ
て「潮見坂平和公園」の池に行くと、”大賀ハス”が盛りは過ぎたようですが、まだ、多
くの花が咲いていて、私の目を楽しませてくれたのでホッとしました。
枯れる原因も色々考えられているようですが、100%これだという原因がはっきりし
ないのが心配ですが、ここは小規模な所なので、きっと、来年も美しい花を咲かせて
くれる事を期待したいと思います。
7月23日(土)
久し振りにモスバーガーの店に行き、いつものゴルフ仲間とお茶を飲んでから、かかりつけ医の「東野内科クリニ
ック」に行くと、玄関に「先生、腸閉そくの為、緊急入院につき24日まで臨時休院」という張り紙が貼ってあった
ので、25日(月)に出直す事にして家に帰りました。
今日は新聞でもテレビでも昨日から日本でも配信が始まった”ポケモンGO”の事が話題になっていますが、私
や家内には何故そんなゲームが社会現象になるのか、理解できなかったので、次男に聞いて、少しだけ分かり
ましたが、それでも、パソコンやスマホのゲームをやった事にない私達にはゲームに夢中になる事自体が不思
議なので、ゲーム好きな人から見ると私達が縄文人に見えるかも知れませんが、いずれにしても、事故を起こし
たり、迷惑をかけたりしないでゲームを楽しんでほしいと思います。
 午後4時過ぎから市民プールに行きましたが、午後5時過ぎ
ると、随分、お客が少なくなりましたが、今日は午後6時から
「落合公園」で「春日井市民納涼まつり」が開催され、午後7
時30分から花火大会があるので、早目に引き上げる人が多
いせいだと思いました。
私も夕食が終わった午後7時半過ぎから花火の音が聞こえ
て来て、最近、家からは見えなくなったので、車で見える所
を探し、少しだけ花火見物行きました。スターマインは見え
ませんでしたが、木の上に上った花火だけ見ましたが、やは
り、花火は間近かで見た方が迫力があると思いました。今年は孫が来なかったので、「落合公園」まで行かずに
離れた所から見たので迫力はいまいちでした。
7月22日(金)
先日、東邦ガスの代理店「油源」の営業マンが来た時に2年半前に取り付けた「エネファーム」(家庭用燃料電池
システム:ガスから取り出した水素を空気中の酸素と化学反応させて電気を作る仕組み))が度々”貯湯エラー”
が出ると言う話をしたら、早速、東邦ガスから連絡があり、今日の午前11時に点検に来る事になりました。
午前11時に来るという事は直ぐに終わると思っていたのですが、点検に来た若い人はこちらの今までの話を聞
き、裏の給湯器と風呂場を行ったり来たりしながら、風呂場の基盤を色々操作しながら、お湯を出したり、止めた
りして調べていましたが、暫くして「原因がはっきりしないので新しい基盤に取り替えますが、1時間から2時間掛
かりますが良いですか」と言うので、「私の方は良いが、お昼だから食事を食べてからやったら」と言うと、「こ
のまま続けてやります」と仕事を始めました。
私達は食べないわけにはいかないので、お昼を食べて休んでいたのですが、午後2時過ぎになって、彼がやって
来て、今日の仕事の内容を説明してくれて、今回の修理で上手くいくかどうか分からないが、何かあれば、直接
、電話をして下さいと言ってくれました。
最初の頃に来ていた「油源」の営業マンも、一端、帰って出直して来ていましたが、彼の話だと東邦ガスの若い
人は20歳だと聞いて驚きました。言葉遣いも態度も丁寧で、仕事に関してもお昼も食べずに一生懸命やってい
る姿はとても20歳には思えない程しっかりしていました。
こういう若い人材がいる会社の将来はきっと大丈夫だと思いますし、日本でも若い人達が頑張っていると思う
だけで気持ちが明るくなりました。
7月21日(木)
昨日、久し振りにゴルフの練習と午後からプールにも行ったせいか、寝起きから腰が重かったので、午前9時半頃
に「皿貝接骨院」に行きました。今日は混んでいて少し待ちましたが、腰の牽引とローラー、電気をかけてマッサ
ージをしてもらって、約1時間の治療でいつも170円ですから、本当に保険の有難さをつくづく感じます。
家内は午後5時30分から市長の後援会のパーティがあるので、受付の手伝いをする為に着物を着て、午後4時過
ぎに他の人も乗せて行く関係で、私の車で出かけて行きました。お酒を飲まない家内はこういう時に送り迎えを
頼まれることが多く、家内も断らないので当てにされているようですが、事故だけには遭わないようにいつも
願っています。午後8時半過ぎに帰って来ましたが、話を聞くと1回270人のパーティを続けて3回開くと言うので
すから市長もスタッフも大変だと思いました。
7月20日(水)
朝起きて新聞を取りに行った時に今日の暑さを予想させるような日差しを感じました。午前7時過ぎに家内が軒
先の天井裏で羽化中のセミを見つけ、こんな所まで来なくても木の葉っぱの裏で十分だと思うけど、どうしてか
しらと言ってましたが、言われてみれば、我が家の場合はひと夏に何十匹もセミの空蝉(抜け殻)が見られます
が、その内の数匹が家の壁や軒先に付いています。
セミの羽化についての記述で調べてみると、羽化する時に天敵から身を守る為に
高い場所に行こうとして移動するらしいのですが、体力が尽きて失敗する事もあり
、地上から平均60cm以上の木の枝や葉っぱの裏が多いようです。言われてみれば
、その通りで、我が家も地上から50cm~1.5m位の所に沢山の空蝉があります。
今回の様に3mも上の所で羽化するのは珍しいのかもしれませんが、クマゼミだか
ら体力があり、そんな高い所まで登る体力があったのかもしれません。時間的にも
上るのに時間がかかり、その上、最後の所で力が尽きかけていたらしく、私が写真
を撮って10分位してから家内が見たら、地上に落ちていたので、失敗して死んでし
まった思っていたのですが、30分後に私が見た時には抜け殻だけだったので、何と
か成功して飛び立ったようで、家内に言うと「良かった」と喜んでいました。
今日は家内がお茶と日本画の稽古がある日なので、私は午前8時半過ぎにゴルフの練習に行き、その後、春日井
駅へ新幹線の切符を買いに行きましたが、ジパング利用で岡山まで片道ずつ買おうとすると、駅員さんが「往復
でなくても良いですか」と言われたので、「何かメリットがありますか」と聞くと、「解約する時の手数料が1枚110
円で、2枚だと220円になります」と言われました。そこまで考えて言ってくれたのかと感謝しましたが、書き直す
のも面倒だったので、そのまま購入しました。
7月19日(火)
家内から旅行の写真をプリントするように頼まれていましたが、「無尽陶舎」の写真の加工を優先しているので、
出来ませんでしたが、いつまでもほっとけないと思い、家内が「誠武館」の稽古に出かけてから、少しでもやって
置こうと思い、プリントを始め、50枚位印刷した頃から、「紙詰まりです。用紙を出してからOKボタンを押して下
さい。」という警告が度々出るので、説明書を見て”給紙ローラーのクリーニング”をやって、再度、印刷しました
が、それでも、同じ現象が起こるので、メーカーのキャノンに電話して聞くと、修理対象になると思われ、修理代
金は11,000円程度ですと言われたので、新しい機種を買うしかないと思って、説明書の裏に貼ってあった前回の
伝票を見ると、購入年月日が2011年7月20日で代金が23,000円となっていました。隣に貼ってある保証書には
保証期限2016年7月19日迄となっていたので、こんな事があるのかな?これは神様が「修理して使いなさい」
と言ってると思い、5年前に買った「エイデン坂下店」に持って行き、事情を話した所、エイデンの担当者も「本当
に偶然ですね」と言って、気持ち良く受け付けてくれました。
今回の件は家内が印刷を請求してくれたおかげで無料で修理できるのですから家内に感謝して、修理が終わっ
たら、最優先で旅行写真をプリントしようと思っています。
7月18日(月)海の日
朝から蝉の声がうるさくて目が覚めましたが、クルーズに出かける10日前はやっとセミが鳴きだしたと話してい
たのが、庭を見ると既にあちらこちらの葉の裏や小枝に”空蝉”があるのが見つかりました。
 グリーンカーテンの”ゴーヤ”も水が不足していたのか、小さ
いまま破裂しているのもありますが、何とか頑張って大きく
なっているのもありました。
10日間と言うのは経ってみればアッという間ですが、自然の
変化は色々な所に出ていると改めて思いました。
今日は日差しの強い暑い日になると言ってましたが、家内は
昨日帰って来たばかりで、今日は祝日でも月曜日ですから義
母の所に出かけました。
私は10日分の新聞や郵便物に目を通し、必要な書類があっ
たので作成したり、旅行の片づけをしていたら、午前11時頃、昨日、送ったスーツケースが2個届いたので、自分の
荷物とお土産の整理をして、作成した書類を出しに行ったりして過ごしました。
7月8日(金)~7月17日(日)ダイヤモンド・プリンセス「ぐるり北海道周遊と知床クルージング・サハリン10日間」の
クルーズに行きました。昨年6月に行った「沖縄・台湾クルーズ9日間」の旅が良かったので、今年は北へ行こうと
いう事になり、今回の北海道クルーズになりました。
8日(金)バスで春日井駅まで出て、名古屋駅午前9時27分のひかりで新横浜まで行き、横浜線で横浜へ、みなと
みらい線に乗り換えて”日本大通り駅”で降りて、歩いて「大さん橋国際旅客ターミナル」に着いたのは午後12時
でした。時間的に早かったのと、乗船手続きの受付も何十カ所もあるので、直ぐに受付になり、Eチケットとパスポ
ート、クレジットカードを提出し、クルーズカードを貰って乗船したのは午後12時20分でした。
   
去年は12階でしたが、今年は11階のB428号室が私達の10日間の滞在場所になりました。場所的には、丁度、船の
真ん中辺りで、エレベーターに近い所でした。着いた時には私のスーツケースしか届いて無かったので、船室に入
って私の荷物を整理してから、14階のビュッフェレストラン「ホライゾンコート」にお昼を食べに行きました。
昨年も同じように朝と昼はここに来る事が多かったので、大体の様子は分かっていますが、いつも料理を取って
から食事をするテーブル探しに苦労します。海の見える所で食事をしたいと思っても、運よく空かない限り、無理
なので、仕方なく奥の方で食事をしましたが、今日も同じで遠い場所での昼食になりました。
昼食後、少し船内を散策しましたが、乗客の様子を見ると去年より少し外国人が多いような気がしました。やはり
、北海道と言うのは外国人に人気があるのかなと思いましたが、それでも、日本発着だけに日本人が4割程度は
いる占めているように見えました。
   
午後4時から乗客全員参加の避難訓練があり、私達は指定集合場所になっている7階のエクスプローラーズ・ラ
ウンジ午後5時に横浜港を出発しましたが、以前、テレビでダイヤモンド・プリンセスが”横浜ベイブリッジ”の下を
ギリギリで通過していたのを見て、その雰囲気を味わいたいと思い、出航後、家内と一緒に17階のスカイデッキま
で上ってみました。午後5時15分に船はベイブリッジの真ん中を通過しましたが、見ていると本当に僅かの空き間
しか無い所を通って、橋の真下を過ぎた時にはデッキにいた人達から思わず拍手が起きました。
   
その後、私達は今回も夕食は午後5時30分からの1stシーティングにしてあるので、夕食会場に指定されている
「サボイ(Savoy)・ダイニング」に行きました。テーブル234は千葉県佐倉市のide夫妻と元職場の同僚という千
葉県松戸市のsaitoさんと東京のsasakiさんという女性2人連れの6人のメンバーでの夕食になりました。
 私も家内も、昨年、注文して食べるのに四苦八苦したことが
あるので慎重にメニューをチェックしましたが、書いてある
だけでは味や量が分からないので、結局、想像しながら注
文するしかありませんでした。前菜は2人共”手巻き野菜春巻
き”、家内はスープに”ボルチーニ茸のクリームスープ”、メイ
ンで”じっくりとローストしたプライムリ ブ”、私は”新鮮
野菜サラダ”にメインは”バラマンディのパイナップルとパ
パイアのサルサ添え”を注文し、デザートはキャラメルスフレ
にしました。
最近、いつも思う事はクルーズにしてもツアーにしても参加している人達は皆さん色々な所に旅行している人が
多く、今回の同じテーブルのメンバーも話しているとクルーズだけでも何回か経験しているし、女性のsasakiさ
んは英語が堪能で1人でアメリカや中国を2週間旅行したとか、ide夫妻も何度もご夫婦でクルーズや旅行をして
いる話を聞きましたし、saitouさんもグループや友達同士でクルーズや海外旅行に行ってる様でした。
 午後7時頃に夕食が終わり、船内を少しぶらついてから6&7
階の「プリンセスシアター」のショウタイムを見に行きました。
今日はヴァイオリニストのクリス・ワトキンスの”ファイヤーワー
クス・オン・フォー・ストリングス”という演目のヴァイオリンのシ
ョーでしたが、電子ヴァイオリンを使って色々な曲を演奏した
り、ヴァイオリンや弦が光ったり、点滅したりして観客を飽き
させないのは大したものだと思いました。彼の紹介の中でダ
イヤモンド・プリンセスと契約しているショービジネス関係の
人間が1000人位いるそうですが、その中で彼は2015年のベ
スト・オブ・プレーヤーに選ばれたと言ってましたが、ショーを見ていて分かるような気がしました。
午後8時45分にショーが終わり、部屋に帰ってから一仕事するつもりでしたが、シャワーを浴びて休憩している
内に疲れが出て、家内が早々に寝たので、私も午後10時前には寝てしまいました。
9日(土)午前5時に目が覚めたのですが、何となく疲れている感じで、起きる気がしなかったので横になってい
たら、いつのまにか寝てしまい、目が覚めたら、午前6時過ぎていました。
 今日は一日クルージングの日なので、ゆっくり起きて、午前
7時半に「ホライゾンコート」に朝食を食べに行きましたが、昨
日のお昼のような混雑はなく、直ぐに席は確保できました。
やはり、一日クルージングの時は皆さんゆっくりしているの
かもしれません。
午前10時からJTBの乗船説明会があったので出席しました
が、去年も説明してくれた専属コーディネーターの女性A.Kさ
んが今回のクルーズの概要と注意点を話してくれましたが、
彼女はプリンセスクルーズだけでも3ヶ月間乗船し、その他、
海外のクルーズにも添乗員として行ってるというだけあって、この船やクルーズには詳しく、参考になる事が多
く、出席して良かったと思いました。午前11時過ぎに説明会が終わり、その後の船内説明会には参加せずに自分
達で船内を歩きましたが、未だに完全に船の事が分かったとは思えません。
 午前11時半過ぎにメイン会場の”アトリウム”を通りかかると
バーテンダーが人気のカクテル・マティーニの作り方を紹介
した後で数人のバーテンダーがシェイカーとボトルを使って
自分達の練習した技(芸?)を披露しましたが、時々、失敗し
ながら見事な技を見せてくれたので皆さん大喜びしていま
した。
お昼は一日クルージングの日だけ昼食が出来る「インターナ
ショナルダイニング」に行きました。6人席に案内されたので
、先に座っていた東京のご夫妻に挨拶をしていると、もう1組
の夫婦が案内されて席に着き、家内が何処から来られたか聞くと、倉敷から来たと言われたので、家内が主人は
岡山出身ですと言うと、奥様が岡山市でご主人が備前市の出身という事でお互い親近感が湧きました。東京の
ご夫婦も気さくな人達で楽しい昼食会になりましたが、こういう出会いがクルーズの良い所かなと思いました。
午後2時近くまで話していたので、家内が参加する積りだったアート教室のペンシル画には行けなくなりました
が、家内はそれよりも皆さんと話している方が楽しかったからと気にしていませんでした。
一度、部屋に帰って休憩してから今日は1回目の”フォーマルデイ”で、家内は着物を着るので、早目に用意を始め
、午後4時半過ぎには用意を終わったので、私もスーツに着換えました。午後5時頃にアトリウムに行くと6階では
既に記念写真を撮っているカメラマンがいたので、私達も早目に撮って貰いました。5階中央では船長主催のウ
エルカムパーティの準備で「シャンパンウオーターフォール」の為の”グラスタワー”を組み立てていて、完成寸
前だったので、少し待って、完成してから2人でグラスタワーをバックに記念写真を撮りました。
   
午後5時30分になったので「サボイ・ダイニング」に夕食を食べに行きました。昨日と同じメンバーでしたが、皆
さん、それなりにおしゃれをしてテーブルに来られていました。メニューは去年はオードリーヘップバーンが注文
したという記念メニューがありましたが、今年は特に記念のメニューも無かったので、メインは私が”シュリンプ
「ダニエル」、家内が”牛フィレ肉のグリル”を頼みましたが、ボリュウムも普通でおいしく食べました。
午後7時から船長主催のウエルカムパーティが5階~7階のアトリウムで始まりましたが、最初に船長が”グラスタ
ワー”にシャンパンを注いでから、次にゲストと一緒に注ぎ、後は順番に並んだ人たちと一緒に記念撮影をしなが
ら注いでいくのですが、私達も去年は参加しなかったので、今年は並んで記念撮影をしました。アトリウムには大
勢の人達が集まり、シャンパンやジュースを飲みながら歓談していました。
   
私達は午後8時からのプロダクションショー「ブラボー」を見る為に午後7時半過ぎにプリンセスシアターに行き
ましたが、既に7割以上の席が埋まっていました。開演前には満席状態で後から入ってきた人は通路に座ったり、
両側の通路で立っている人もいました。ショーの内容はオペラ、ミュージカル、ポップオペラとなっていましたが
、私には区別や内容は全く分かりませんでした。今日も午後10時半には寝てしまいました。
10日(日)今朝は午前4時に目が覚め、早すぎると思い、ベッドで横になっていましたが、寝られそうにないので、
午前4時30分に起きてしまいました。今日は釧路港に午前7時に入港予定になっていますが、外を見ても霧で何
も見えないので何処を航行しているかも分かりませんでしたが、午後5時半頃になって霧が薄くなって来て、陸
地が見えてきました。午前6時半に釧路港に入り、午前7時に西港区第4ふ頭に接岸しました。
   
午前7時半から朝食に行きましたが、「ホライゾンコート」は寄港地ツアーに参加する人達や自分達で早目に下船
する人達でいっぱいで席を探すのが大変でした。私達は釧路では特に行く予定もないので、午前8時半過ぎに下
船して、シャトルバスで「フィッシャーマンズワーフMOO」まで行って、歩いて「和商市場」まで行きましたが、途中
の道端に見かけない花が色々あって、見ている内に着きました。
市場は本来なら日曜日は休みですが、プリンセスクルーズが寄港するからと、釧路観光協会の要請で特別に営
業をする事になったそうですが、魚屋は外国人が多いと開店しても売れないので休んだそうですが、”勝手丼”
を売り物にしている店はウニやいくらの他に生のエビや刺身を用意してくれていました。
   
私達は船で朝食をしっかり食べたので、他の船客が注文しているのを見ているだけでしたが、外国人でも、結構
、生魚を食べる人がいて、”勝手丼”をおいしそうに食べている外国人に感謝したい気持ちになりました。
中には、生きたタラバガニをその場で茹でてもらって食べる事が出来る店で、大きなタラバガニを注文している
グループもいました。私達は北海道に来ると色々な昆布を買う事が多く、今回も地元の釧路産と羅臼の昆布を
少し買いました。ホッケやカレイのおいしそうな干物がありましたが、送料や後の事を考えて見送りました。
1時間ほどいて、午前10時前に市場を出て、近くの釧路駅から北大通りを「幣舞橋(ぬさまいばし)」まで歩きまし
たが、釧路も他の町と同じで空き店舗が多い感じでした。しかし、通りの両側にはずっと花壇が続き、季節の花が
歩いている人の目を楽しませてくれるのに感心しました。家内は白や赤のタイツリソウがいっぱい咲いているの
を見て大喜びでした。
   
幣舞橋(ぬさまいばし)は北海道三名橋の1つで欄干に”佐藤忠良”や”舟越保武”等の有名彫刻家の四季の像が
ある事で知られているそうです。橋のたもとの「ぬさまい河畔広場」には釧路沖地震の時に温かい支援を寄せ
た美川憲一の”釧路の夜”の歌碑が立っていました。橋の下の通路を通ると歴代の橋の様子が分かり、現在の橋
が五代目の橋だという事が分かりましたが、「フィッシャーマンズワーフMOO」の方へ行くと、「魚河岸発祥の地」
という石碑が立っていましたが、何の解説も無いのでこちらの方は何も分かりませんでした。
   
「フィッシャーマンズワーフMOO」に隣接する室内園「EGG」の中ではクルーズ歓迎の意味なのか”折り紙や切り
絵”、”着物の着付け体験”や”アイヌ古式舞踊”が行われていました。「フィッシャーマンズワーフMOO」の中には大
勢の人が土産物を見たり、早目のお昼を食べている人もいましたが、私達はここでも釧路産の昆布を少し買って
、午前11時半過ぎにシャトルバスで船に帰って来ました。
部屋に帰ってからパスポートのコピーとロシア入国カード、クルーズカードを持って、7階のクラブフュージョンに
”出国手続き”に行きました。船内で出国手続きというのは初めての経験でしたが、本当に簡単で、出張して来た
出入国の担当者にパスポートのコピーを見せて、税関の職員に何もない事を告げて終了でした。それでも、日本
の出入国管理局は厳しくて乗客全員の手続きが終わらない限り、船の出航は認められないので、本来は午後1時
30分までに終わる予定が手続きをしてない人がいて、何度も船内放送で手続きをするように言って、最後には
個別に船室番号と乗客名を言って促していました。
何時までも出航しない船を催促するように、カモメが船の周りを飛んでいましたが、結局、午後3時20分に出港
できましたが、午後1時30分から岸壁で歓送のサキソフォンを吹いてくれた人や歓送の挨拶を行っていた人達も
何時までも出航しないので、途中で帰って行きましたが、最後まで残っていた人達が手を振りながら送ってくれ
ました。
   
今回のクルーズは一昨日昨日共天気が悪かったのですが、今日は青空も時々顔を出してくれましたが、それで
も、釧路は20℃位で肌寒さを感じる所でしたが、これから向かうコルサコフはもっと北の方ですから、寒さが心
配になります。これからは明後日の午前6時にコルサコフ入港までずっとクルージングなので、夕食まで部屋で
ゆっくりしましたが、寒いので外のバルコニーでのんびりという訳にはいきませんでした。
午後5時半にいつもの様に「サボイダイニング」で夕食を食べ終わってから、午後8時のショウタイム:クラウド・エ
リックのボーカルショーを見に行きました。経歴は分かりませんが、プリンセスに採用されていると言うのは実力
はある歌手だと思わせる歌の上手さや歌唱力は十分で、観客を楽しませていました。夜寝る前には時差調整の
為に時計を1時間進めるように言われ、明日のプリンセス時間は日本より1時間早い時間になり、明日の夜にもう
1時間進めて、明後日のコルサコフは日本より2時間早い時間になるそうです。
11日(月)午前4時半に目が覚め、早いと思いながら、そのまま起きましたが、考えてみれば、午前3時半に起きた
事になり、自分ながらあきれてしまいました。外は寒い上に霧で何も見えなくて、何処を航行しているのか、全く
分からないので、無尽陶舎の原稿を整理したり、写真を見ている内に家内が起きて来たので、午前7時30分から
朝食を食べに「ホライゾンコート」に行きました。
デッキに出ると寒くて震える感じでしたが、朝食で入り口付近に座ったお蔭で、その寒さがホライズンコート内に
も伝わって、家内と二人で寒さに耐えながら朝食を食べましたが、朝食後、部屋に戻り、暖を取りました。
午前9時からアトリウム7階で3時間限りの寄港地Tシャツ2枚で20ドルのバーゲンがあるので、家内は張り切って
出かけて行きましたが、Tシャツのサイズが外人用で、Sで私に丁度良いくらいなので、家内のサイズはありませ
んでした。午前9時30分からはサンタフェダイニングで船上のホリデーストア15ドルセールが始まるので、次にそ
ちらの会場に移動して掘り出し品を探しましたが、特に買いたい物も無く、早々に帰って来ました。
   
午前11時から”ナプキンのおしゃれなたたみ方教室”という企画があったので家内と一緒に参加してみました。会
場が18階後方の「スカイウォーカーズ・ナイトクラブ」となっていたのですが、今まで行った事のない場所で初め
て入って見て、こんな良い所があったのかと思いました。講師はいつも催事の時には通訳してくれるディレクタ
-のミキコでおしゃれなナプキンのたたみ方を資料に基づいて教えてくれましたが、家内は上手に出来ても、不
器用な私は形が綺麗にできませんでしたが勉強になりました。
お昼はどうしようかと迷いましたが、いつもの「ホライゾンコート」の暖かそうな所に行って食べました。今日は
天気が良ければ、北方四島を回ってから知床半島を見ながら航行し北上する事になっていて、午後4時頃に知床
半島に到達する予定と放送があったので、天気が良くなる事を祈っていましたが、残念ながら、天気は曇りのま
までした。午後4時過ぎに乗客の様子を見に14階に行くと、大勢の人がプール用のバスタオルやひざ掛け毛布を
身に纏って、進行方向左舷側を見ていたり、甲板に出ていて寒さに耐えられなくなり、下に降りて来ている人達
の恰好が滑稽で、家内も思わず寒いのはみんな同じなんだと納得していました。
   
午後4半過ぎに少し明るくなってきたら、遠く(5km先)に知床半島の突端が見えましたが、それ以上は何も見え
ず、かすかに海の上が白くなっていると思ったら、知床観光船のようでした。本当に天気の良い時なら羅臼岳や
斜里岳も見えたと思いますが、今日の天気では雲が低く陸地がかすかに見えただけでした。
部屋に帰って一休みしている内にウトウトしてしまい、目が覚めたら、もう夕食の時間でした。午後5時30分とい
う時間は少し早すぎると思いますが、かと言って2ndシーティングの午後7時45分では遅すぎるので、1stシーテ
ィングでいくしかないと思っています。今回のクルーズは2回目とあって写真を撮り忘れる事が多く、食事の時も
後からシマッタと思う事が多いので、今夜の夕食は忘れないように撮りました。
    
私は前菜に”ナスのオーブン焼きバルミジャーナ”を、家内は”マリネしたシーフードのアンティパスト”を頼み、サ
ラダは2人共”新鮮野菜サラダ”、メインは私が”マヒマヒのフィレのグリル”、家内は”牛肉のバローロ赤ワイン煮
込み”を注文しましたが、今日の料理はどの料理も満足のいくものでした。
 夕食後、家内は寒い日の必需品バーゲン15ドルよりに行きま
したが、ショップで売っている商品と同じで値段も一緒だっ
たので見ただけでした。
今日のプリンセスシアターがダニエル・クレーベンのマジック
ショーなので早目に30分前に行きましたが、それでも後の方
の席しかありませんでしたが、マジックショーとイリュージョ
ンが融合した中味からすると人気があるのも当然だと思い
ました。
部屋に帰ってシャワーを浴びると、家内は明日のコルサコフ
観光の出発が午前8時で時計を1時間進めると、睡眠時間が無くなるからと、午後10時過ぎには寝てしまいまし
た。私は今日一日の整理をして無尽陶舎の原稿を作ったりして午後12時前に寝ました。
12日(火)午前5時半に目が覚めたので、そのまま起きて、午前6時に朝食を食べに行きましたが、今日はコルサ
コフ上陸の為に午前7時からテンダーボートで順番に港に行くので、出発が早い人達がホライゾンコートに来て
いました。私達は午前8時出発ですが、混む前に朝食を食べようと思って早く来ました。
船はコルサコフ沖に停泊しているようですが、午前7時現在も霧で周囲が見えないので待機中のテンダーボー
トが乗客を乗せるために1艘船に近づいているのが分かるだけです。
午前8時に集合場所のホイールハウスバーに行き、受け付けを済ませてから、待機場所のプリンセスシアターで
待っていたら案内があり、午前8時30分にテンダーボートに乗りましたが、思ったより大きくて一度で100人以上
の人が乗れる大きさでした。霧の中を15分程でコルサコフ港に着きましたが、本当に小さな港で、そこからバス
でユジノサハリンスクに向かいました。
   
午前9時40分にロシア正教会の「聖ニコライ教会」の前に停まり、写真だけ撮って、10分程で土産物を売る為に用
意されたスケートセンターに寄り、10ドルの5体入りマトリョーシカ2個と5ドルのチョコレート2袋と4ドルのあめを1
袋を買った後、そこから10分で「栄光の広場」に着きましたが、私達にはあまり関心は持てませんでした。
   
午前11時に「サハリン州立郷土博物館」に着きましたが、ここは日本統治時代の1937年に建築家貝塚義雄によっ
て”樺太庁博物館”として建設され、現在も博物館として利用されている施設です。地元の人達にとってはサハリ
ン島とクリル列島に関する動植物や島の発見と探査の歴史についての展示が興味深いと思いますが、日本人の
私達には日本領だった時の様子が知りたいのですが、私は日露戦争で日本が勝った時に領土になった南樺太と
ロシアの”国境漂石”が印象に残りました。
   
午前11時50分に博物館を出て、最後の「ショッピングモール」に行きましたが、中にはスーパーもあり、本来なら
ここで色々な物を買うと良いのでしょうが、ここはドルや円が使えず、カードもVIZAとMasterしか使えないので
、ルーブルもカードも持ってない私達は見学するだけでしたが、中にあるフードコートで飲み物やピロシキか何か
を食べている人もいました。
   
午後12時50分にショッピングモールを出て、コルサコフに戻りましたが、30分程で港に着き、少し待たされました
が、迎えのテンダーボートで船に向かいましたが、少し奥に出ると霧が残っていて、ダイアモンド・プリンセスが霞
んでいました、特に問題も無く、午後2時半には船に戻れました。
   
船室に戻ってから、遅い昼食を食べに行きましたが、家内がピザを食べたいと言うので、14階のピザの「プレー
ゴ」に行きましたが、私はホットドッグが食べたかったので、隣の「トライデント・グリル」で豚肉ソーセージのホット
ドッグを作ってもらいました。ピザもホットドッグも作りたてでおいしかったのですが、ホットドッグのパンは日本の
パンの様に柔らかいともっとおいしくなると思いました。
 午後3時半から部屋でゆっくり休憩しましたが、ひと寝入りし
て外を見ていたら、次第に霧が晴れて来て、コルサコフの港
がハッキリ見えて、そんなに遠い所ではない事が分かりまし
た。テンダーボートは午後4時30分が最終便だと船内新聞に
書いてありましたが、観光の出発時間が遅れたのか、最後の
テンダーボートが帰って来たのが、午後7時半近くで、小樽に
向け出港したのは、私達が遅めの夕食を終わった午後8時半
頃でした。
夕食後、船内を散策しながらアトリウムに行くと、素人参加の
ファッションショーをやっていましたが、今の女性はこういう時でも堂々と人前で歩いたり、ポーズが出来るんだ
と感心しましたが、結構、歳の方もいたのは驚きでした。
 ショーが終わって外を見たら、霧の晴れた海の向こうに太陽
が沈むところだったので、デッキに出て、寒さに耐えながら
”コルサコフの夕日”の写真を撮りました。
その後、午後9時45分からのプロダクションショーを見に行き
ましたが、既に満席だった上に、去年、見たショーだったので
部屋に帰って来ました。
家内は疲れたのか、2時間戻した日本時間の午後9時前には
ベッドに入って寝ていましたが、私は早く寝すぎて、明日の
朝、早く目が覚めても困ると思い、テレビ映画を見ながら一
仕事してから午後10時過ぎに寝ました。
7月13日(水)午前5時半に起きて、デッキに出て見ると、雲の隙間から陽が射していて何とも言えない景色でし
た。船は狭い防波堤を通り過ぎて小樽港に入港し、勝内埠頭に接岸しようとしていました。
午前6時過ぎに朝食に行くとかなりの人が来ていましたが、席は何とか見つけて、船に乗って初めて味噌汁とご
飯、アジの干物と目玉焼きで済ませましたが、ご飯はいまいちでした。
   
今朝は最初にロシアから日本(小樽)への入国審査を受ける事になっていて、私達は午前8時20分からになって
いたので、時間になり、7階に行くと長い行列が出来ていたので、どうしてかなと思っていると、外国人の手続き
に時間がかかっている様で、途中から日本人は別にしてくれたので、その後はスムーズに進みました。
入国審査が終わったので、そのまま、小樽港勝納埠頭に降りて、バスの一日乗車券(750円)を購入し、埠頭の臨
時バス停から天狗山ロープウエイに向かいました。天狗山は小樽のシンボル的な山で山麓からロープウエイで
上がると小樽市内が一望出来る所で、今日は少し靄が掛かっていましたが、勝納埠頭に停泊しているダイアモン
ド・プリンセスもよく見えました。ここからの夜景は北海道三大夜景と言われ、今日は帰港時間が午後9時30分な
ので、夜景を見てから帰る人もいると聞いています。
   
午後10時半に山麓まで下りて、市内線バスで小樽運河ターミナルまで行き、お馴染の堺町通り商店街を散策しま
した。以前来た時より、ガラス屋や寿司屋が増え、カニを扱う店がほとんど無くなっていたのはショックでした。
途中、脇道の少し奥に「小樽歴史館」:”小樽の若き獅子達”と書いた建物があったので、入ってみると、いくつか
の小樽の古い会社の歴史が分かるようになっていて、なかなか、興味深い展示でした。
その後、”7日食べたら鏡をごらん”と書いてある昆布の「利尻屋みのや 大正クーブ館」に言葉に釣られて入り、
店内でお茶をご馳走になりながら休憩し、湯豆腐昆布を買って出発しました。
   
以前、カニを買った事がある「高橋水産」も無くなったと思ったら、反対側に移転して営業をしていましたが、今
は同業者がほとんどいなくなったと言ってました。
お昼は寿司を食べたいと思い、高橋水産の女性に聞くと、隣の店が良いと言われたので店に入ると、午前11時半
で満員で30分待ちと言われたので、ここも私達が良く行きますと言われた「巽鮨」に行きました。私は”月の握り
3,000円”、家内は”小樽セット2,000円”とお店の勧めるシャコの刺身1,400円と日本酒1合800円を注文しました。
お寿司はまずまずでしたが、シャコの刺身は値段を考えると大したことはありませんでした。
   
午後12時半過ぎに、再び、小樽運河ターミナルに行き、「小樽水族館」に行きました。この水族館は、以前、テレビ
で見て、芸の出来ないアザラシやペンギンのパフォーマンスが面白くて、家内と小樽に行ったら見学に行こうと
話していたので、今回は良い機会だと思い、行きました。バスで30分位の外れの海に面した所にあり、規模は大
きくありませんが、水槽には色々な魚が泳いでいましたが、私はオオカミ魚と世界一のカレイと言うのが印象に
残りましたが、家内には午後1時40分からあったアザラシとペンギンの無邪気なパフォーマンスとトドの豪快なダ
イビングが最も印象的だったようです。
    
午後2時20分のバスで近くにある国登録有形文化財に指定されている”にしん御殿貴賓館「旧青山別邸」”に行き
ました。この家は青山家の二代目青山政吉、三代目青山政恵が大正6年から6年余りかけて贅を尽くして建てた
もので、各部屋の襖絵や床の間には目を見張りました。特に床の間に使われている材料や敷居、長押、欄間や障
子の細工の見事さは凄いと思いました。家を見るのが好きな家内はこの豪商の家には感激していました。併設の
小樽貴賓館には北海道在住の日本画家が描いた天井画がありました。
   
今回の小樽での私達の見学予定だった3カ所を全て終了したので午後4時23分のバスで小樽運河ターミナルま
で戻り、ダイアモンドプリンセス専用のバスで船に午後5時半頃に戻りました。
今日はオープンシーティングという時間や場所はどこでも好きな時に好きなレストランで食事が出来る日とい
う日でしたが、私達は午後6時半過ぎにいつも食べている「サボイダイニング」に行きましたが、同席したメンバ
ーは埼玉から来ていた病院の理事長夫妻と神戸から来ていた女性の母娘といっしょになりました。埼玉のご夫
妻は85歳と83歳と言ってましたが、とても、そんな歳には見えない感じで、病院経営や財産管理の苦労を語っ
ていましたが、私は船の中でそんな話をするのは如何なものかと思いました。神戸の母娘は娘さんと言っても
57歳の方のご主人も一緒に来ているが、今夜は小樽の友人と小樽市内で食事をするので、母娘は船に戻って食
事する事になったそうです。メインは私がシェフのお勧めの”シーフードクロックポット”、家内は”ビーフカレー”を
食べました。
   
午後8時前に夕食は終わったので、プリンセスシアターで行われるアレックス&マグダレーナの”社交ダンスショ
ー”を見に行きましたが、席が空いていたので座われました。2人のステップはなかなか見事で、ストーリイのあ
る踊りも良いと思いました。午後9時頃に部屋に戻り、シャワーを浴びると、今日、一日中歩いた疲れが取れたよ
うでホットしました。
14日(木)午前4時過ぎに起きて、外を見ると朝焼けの様になっていたので、天気予報
は曇り・雨になっていたのが変わったかなと思いましたが、航行している場所が江差
辺りで函館ではないのと時間的にも早いからかなと思いました。
その後、1時間ばかり眠って午後5時半過ぎに目が覚めて、家内も起きていたので、午
前6時過ぎに朝食に行くと、今日は函館入港が午後12時の予定なので、まだ朝食に来
ている人は少なく、窓際の席が空いていたので、フレンチトーストと目玉焼き、ベーコ
ン、キャベツ炒め、生野菜で朝食を済ませました。
午前7時過ぎに部屋へ帰ってゆっくりしていると、8時過ぎに客室係のハーマンがパ
スポートを返しに来てくれたので、私達は午後12時から観光に行くので、掃除はその
後にしてくれと言うと、何とか通じたようでした。
午前9時過ぎからは外の雲の動きが明るくなったり、暗くなったりで、こちらの気持ちも函舘は雨か曇りか気にな
って仕方がありませんでしたが、午前11時半頃、函館港町埠頭に接岸する頃には雨が間断なく降っていました。
午後12時過ぎから上陸許可が下りたので、私達も大急ぎで下船し、シャトルバスで函館駅まで行き、予約してお
いた「ニッサンレンタカー」で車を借りる頃には風雨強く、傘が逆さになるくらいの風が吹いていました。
出発して最初にお昼を食べにJTBお薦めの塩ラーメンの「あじさい」に行きました。この店は塩ラーメンが有名
な店で一日1400杯売った事もあるそうですが、場所が「五稜郭」のすぐ傍にあるせいか、店に着いた午後1時頃
でも20人近くが2階の入口まで行列していましたが、15分位で席に着けました。”味彩塩拉麺”750円と餃子3個
210円を注文し、店内を見ると観光地の有名店らしくなく、4人掛けの席に2人で座っている人達がいて、この店の
良さが味だけでないと思いました。
   
観光地の有名店では4人席に無理に知らな人同士を2人ずつ座らせている店がありますが、私個人的にはお客
様に対するサービスとしてカウンターは良いのですが、ボックス席に相席するのは避けた方が良いと思っている
ので、お店の対応は好ましいと思いました。従業員の態度も良かったので気持ち良く食べられました。味の方は
やや硬めに茹でた麺にあっさりした味の出汁でしたが、私は丁度良いと思いましたが、家内は少し塩辛いと言っ
てました。従業員の態度や待ち時間が思ったより短かったので良い店だと思いましたが、何十分も行列して食べ
る程の店ではないと思いました。
午後1時40分に店を出て、雨は降り続いていましたが、レンタカーを借りた以上は予定通り回る事にして江差に向
かいました。国道227号線を走っていると、途中で雨がやみ空が明るくなるって来たので喜んでいたら、道の駅
「あっさぶ」に着いた頃にはまた雨が強くなり、諦めて、午後3時に道の駅を出て、国指定重要文化財の「旧中村
家住宅」に午後3時15分に着きました。ここの見学と江差追分会館に行くか迷っていたら、係員が江差追分会館
が午後3時で実演が終わっていますと言われたので、「旧中村家住宅」を見学する事にしました
   
ここは江差町が管理しているのでどこも70歳以上は無料だと言われ、家内は3カ所共通券が500円を1枚買いま
した。「旧中村家住宅」は海産物の仲買商を営んでいた近江商人の大橋宇兵衛が建てたもので、母屋から浜側ま
で文庫蔵、下の藏、ハネダシまで続く通り庭様式の家は当時の問屋建築の代表的な造りになっているそうです。
   
続いて「旧檜山爾志群役所」と「旧関川家別荘」を見ましたが、いずれも私は無料でした。その後、北海道文化財
に指定されている「横山家住宅」を見ましたが、こちらは300円を払って見学しましたが、200年前に建てられた
家は今でも住んでいるそうで、当主らしい人が説明してくれましたが、旧中村家と同じように海まで続く敷地に
藏が続き、ニシン漁の盛んだった頃の隆盛が偲ばれました。
   
午後4時45分に江差を出て、2014年5月に廃線になったJR江差線と並行の道路を木古内まで走り、北海道新幹線
の北海道側の最初の駅「木古内駅」の傍にある道の駅「みそぎの郷」で休憩し、家内は木古内産のひじきを買い
ました。午後6時過ぎに出発し、国道228号線で函館に向かい、午後7時に到着、車を返却して、シャトルバスで港
町埠頭に着いたのは午後7時半頃でした。埠頭から見る夜のダイアモンド・プリンセスはライトアップされているよ
うでなかなかの眺めでした。
   
部屋で一休みして、夕食は「サボイダイニング」に行きましたが、結構、混んでいたのですが、昨夜、同席した神
戸の母娘の方の隣が空いていたので一緒に座らせていただき、食事をしながら話しましたが、こういった事もク
ルーズの良い所かなと思いました。
 今日は”オープンシーティング”でショウタイムが午後9時か
ら”北海道伝統芸能:江差追分”だったので、夕食後、家内と
一緒にプリンセスシアターに行きました。
昼間、江差まで行って聞けなかった「江差追分」が聞けると
は本当に運が良いと思いました。
来ている歌手の姉妹は名前は忘れましたが、姉も妹も毎年9
月に江差町で行われる”江差追分全国大会”で優勝した事が
あるそうです。前半は北海道の民謡を聞き、ソーラン節では
手拍子や合いの手を入れたりして歌い、最後に「江差追分」
を初めて聞きましたが、全部で8分間という長い歌を前唄・本唄・後唄に分けて歌うのですが、歌詞に合わせた踊
りもあって、じっくり聞くと時間の長さを感じさせない歌で民謡の中の民謡と言われる理由が分かる様な気がし
ました。
15日(金)午前6時前に起きて、バルコニーに出て見ると青森港が目の前でシンボルの三角形の建物「アスパム」
(青森県観光物産館)が見えていました。午前7時に沖舘埠頭に着岸しましたが、私達は寄港地ツアーには行かな
いので、朝食をゆっくり食べようと、午前7時半頃に「インターナショナルダイニング」に行きました。
同席した人と話している時、その人達はレンタカーで青森市内から1時間位で行く”鶴の舞橋”という日本一長い
木橋を見に行くと聞いたので、私達も八甲田山にJRバスで行く予定にしていたのを変更して、レンタカーで自
由に回る事にしました。
   
午前8時30分に船を降りた所に観光案内所があり、念のためにJRバスの時刻表を見ると、八甲田山行きは2時間
に1本だったので、隣にいたトヨタレンタカーの営業マンに頼んでヴィッツ(12時間6,400円)を借りました。
午前9時前に青森市内を出て、八甲田ロープウエイに午前9時50分に到着しましたが、既にダイアモンドプリンセ
スの十和田湖ツアーの予定に入っているので沢山の人達が来ていました。
   
午前10時発のロープウエイに乗れるか心配しましたが、ロープウエイは定員101人の大型だったので、楽に乗れ
ました。車で走っている時には上の方は雲が掛かっていましたが、ロープウエイに乗ると少しずつ雲が切れて、
山頂公園駅のある田茂萢岳1320mに着くと、遠くに青森市内や青森湾・陸奥湾が見渡せるような天気になって
いました。この辺は風が強いせいか、上の方の葉っぱが無くなっている樹木が多く、樹氷が出来やすくなってい
るのかなと思いました。
   
私達は頂上をトレッキングするわけではないので、午前10時30分発の下りで降りて、近くにある城ヶ倉大橋を見
に行きましたが、この橋は全340m・アーチ支間長255mの日本一の上路式アーチ橋で下には城ヶ倉渓流が見え
ます。
午前11時に出て、私達が青森に来たら見たかった”三内丸山遺跡”に向かいました。午後12時に着いたので「縄文
時遊館」の中の「レストラン5千年の星」でお昼を食べる事にして”貝焼き味噌定食”1,580円を食べましたが、ホタ
テ貝に見立てた鍋の中にネギとホタテ貝を味噌で煮込み卵とじにしてありましたが、なかなかおいしい鍋でし
た。午後1時過ぎから本来の”三内丸山遺跡”の場内に行き、ボランティアの説明を聞きながら、見学しましたが、
この遺跡は江戸時代から知られていたらしいのですが、平成4年からの発掘調査で大規模な縄文時代の遺跡と
分かり、、当時の青森県がその重要性を認識して、その保存がしっかり出来ているのは凄い事だと思いました。
復元された竪穴式住居や南盛土の掘削後に見える土器や石器の破片を見ただけでもかなりの規模だと思いま
したが、大型竪穴住居やその内部を見て、1mの栗の木の柱で復元された建物などを見ると、この遺跡の規模が
大きく世界遺産に登録申請するのは当然だと思いました。
   
   
遺跡の様子からして、直径1mの栗の木の柱を使った建物を建てたという事は、大きな栗の木の林があった証拠
で、レストランで栗のソフトクリームを売っていた理由が分かりました。
1時間程見学し、午後2時10分過ぎに”栗のソフトクリーム”を買って車に戻りましたが、まだ時間があるので、鶴田
町の津軽富士見湖にある”鶴の舞橋”を見に行く事にしましたが、ナビに入れても登録が無いので、近くだと思わ
れる「道の駅つるた」を目指して車を走らせました。1時間程で着き、そこでパンフレットを貰い、来ていた人に場
所を聞いて確認できたので、10分位で到着しました。撮影ポイントから見る”鶴の舞橋”は名前の通り、鶴が舞って
いるように見え、家内は一目見て気に入っていました。
   
”鶴の舞橋”は全長300mの日本一長い木造三連太鼓橋で、後ろに控える岩木山とのバランスが良く、冬場の湖
面に映し出される幻想的な風景はまさに絶景と言える景色だと思います。
午後4時過ぎに富士見湖パークを出て、青森市内に向かいましたが、渋滞は無くスムーズに走れ、午後5時頃にあ
おもり駅を車の中から見て、近くにある「アスパム」に着いたので、中を見学しましたが、これ以上荷物を増やし
たくないからとお土産は買わず、見るだけにしました。
午後5時半に「アスパム」を出て、エネオスでガソリンを満タンにしましたが、走行距離150kmで12.5Lしか使いま
せんでしたが、今日のレンタカーは昨日に比べると有意義な一日でした。午後6時前にトヨタレンタカーに車を返
し、船まで送ってもらい、船に着いたのは午後6時過ぎでした。
   
10分程、部屋で休憩し、今日もオープンシーティングでしたが、いつもと同じ「サボイダイニング」に行きました。
メインに私は”チリアンシーバス・黒ムール貝・あさりのシーフードシチュー”、家内は”ナスとバラマンティライス
のタンバル”を食べました。相席になった方は岩手県盛岡のご夫婦と男性1人でしたが、男性は先日から2度一緒
に食事をした神戸の母娘の夫になる方で、名古屋出身で中学高校が家内の兄のI.Tさんと一緒だったと言うの
も何かのご縁という事になるのでしょうか。
16日(土)午前4時過ぎに目が覚めて、外を見ると、朝陽が出ているような気がしたので、カメラを持って外に出
ると雲の間から太陽が出ていました。写真を撮ってからもう一寝入りして目が覚めたら、午前6時前だったので
着換えてから午前6時半過ぎに「ホライゾンコート」に食事に行くと、今日は一日クルージングの日なので、皆さ
んゆっくり食事に来るようで今朝も海側の席でゆっくり朝食を食べられました。
   
午前9時頃、アトリウム近くに行くとみんなが大きな声で笑っているので何事かと思って見ると、”エッグドロップ・
チャレンジ”という催しで、生卵を7階から5階フロワーの目印に無事に落とす(着陸)のですが、方法は船客の工
夫という事でロケットの形をした物の中に卵を入れて投げたり、玉子の包みを風船で吊ってゆっくり落下させた
り、何重もの発泡スチロールで包んで落とすとか様々な方法でチャレンジして盛り上がっていました。
私達は午前10時30分からプリンセスシアターで「クッキングショー」があったので、そちらに行きましたが、総料
理長のパオロ・メリオさんがパスタの作り方とかソースの作り方を実演で見せて、その後、助手のガキ(奥さんが
日本人)がシーザースサラダを作って見せるのですが、大阪弁を交えながら、わざといい加減な作り方で観客
を笑わせるパフォーマンスはなかなか面白いショーでした。
   
終了後、インターナショナルダイニングの厨房見学があり、船の裏側を少し覗けたようで良かったと思いますが
、一緒に見学した外国人で2mを軽く超えていて、奥さんも1m80以上の夫婦がいましたが、子供はどんなに背が
高いのだろうと想像してしまいました。
   
厨房を出たらバーゲン会場をやっているサンタフェダイニングに出たのは偶然かもしれませんが、そのまま、買
い物をしている人がいたのですから、良い考えかもしれません。当然、家内も掘り出し物を探すと言うので、私は
その間に来年のクルーズの予約をしに行きましたが、と言うのも船上で予約をするとリピーター割引が20,000
円が倍の40,000円と早期予約で10,000円の合計50,000円の割引の他に船内で使えるデポジットが200ドル分
付くと言うのですから、船上予約をする人が結構多いようで、来年5月のクルーズで同じような場所を頼んだら
既に満室だと言われ、その近くの少し安い部屋にしました。
そのまま昼食に行き、その後、改めて、船内を散策し、7階の最後尾から船首部分まで、14階から18階のデッキ部
分を歩くとダイアモンド・プリンセスの大きさが実感できました。14階のプールサイドでは2人のシェフが氷の彫刻
に挑戦していましたが、最後は2人で龍の彫刻を仕上げて拍手を浴びていました。
   
午後2時頃に部屋に帰り、明日の下船に備えて荷物造りをしましたが、家内はお土産に昆布やひじきのかさ張る
物を沢山買ったので、スーツケースに全部入るかどうか心配していましたが、入ると分かり安心していました。
午後4時からはアトリウムで”世界の踊りを楽しもう”という事で、クルーズ中に、毎日、色々な講座があり、特に
ダンス教室はフラダンスやフラメンコ、サンバ、盆踊り、インド舞踊、タップダンス等多くの人達が習っていたよう
でその発表会をやっていました。私達はそういう教室には行かなかったので、そんなに大勢の人が通っていた
事を初めて知りましたが、こういう事で船上生活を目いっぱい楽しんでいる人達がうらやましい限りです。
   
今日は2回目の”フォーマルデイ”なので、家内は1回目と違ってドレスにショール、私は1回目と同じ紺の背広で夕
食会場の「サボイダイニング」に行きました。昨日まで4日連続でオープンシーティングだったので、同じテーブ
ルの人達と食事をするのは4日振りでした。
前菜は家内は”カニ・貝柱・エビのティアン”、私は”ブルゴーニュ風エスカルゴ”にして、サラダは2人共”エンダイ
ブ・レタスとトマトのサラダ”、メインは2人共”ロブスターテールと大エビの網焼き”に私は他に”イカとシイタケの
鉄板焼き”を注文しました。今日のディナーは今回のクルーズの中でも私は1番だと思いました。エスカルゴもお
いしかったし、ロブスターと大エビも身がしっかりしていて、イカは柔らかくてあっさり味でどの料理もおいしく
感じました。
   
食事が終わり、デザートを待っている時に部屋の照明が暗くなり、恒例の”ベイク・ド・アラスカパレード”が始まり
ました。これはダイアモンド・プリンセス恒例の行事らしく、従業員がナプキンを振りながら、今日のデザ-トを持
って通路を行進するのですが、私達も一緒にナプキンを振って盛り上げる事になっているそうです。
パレードが終わり、デザートの前に同じテーブルのメンバーと記念写真を撮り、住所を交換しましたが、これが縁
で仲良くなって、一緒にクルーズに出かけたりする人達もあるそうですが、こればかりは予想がつきません。
   
午後7時過ぎに食事が終わり、皆さんとは一応お別れの挨拶をして、アトリウムに行くと、1回目のフォーマルの時
程ではありませんが、あちこちで写真屋さんに記念写真を撮って貰っているご夫婦や家族、グループがいました
が、私達は1回目に撮った写真を購入したので、今夜は撮りませんでしたが、代わりにサボイダイニングの前とア
トリウムの階段の所で自分のカメラで撮って貰いました。
午後8時からのショウタイムは”クラウド・エリックのボーカルショー”を見に行きました
が、10日(日)と同じ人だったので、少し聞いてから部屋に帰りました。家内は疲れた
から早目にシャワーを浴びて部屋でゆっくりしたいと言うので、私は着換えてから午
後10時からの外国人女性落語家「ダイアン吉日」の落語を聞きに行きました
26年前に3ヶ月の予定で来日し、桂枝雀の落語に惚れて入門し、以来26年も経ってし
まったと言ってました。英語と日本語を上手に使い分けて表情豊かに演じていました
が、私達には聞いた事のある、良く分かる落語でしたが、外人さんにどの程度理解し
てもらえたのか分かりません。
午後10時半過ぎに部屋に帰り、シャワーを浴びると、何となく疲れが出てきて、眠く
なったので、そのまま寝てしまいました。
17日(日)午前5時半頃に目が覚めたら、外の景色で建物が見えたので、デッキに出てみたら、既に横浜ベイブリ
ッジを通り過ぎて、横浜大桟橋に近づいていました。入港する時のベイブリッジの下を通る写真を撮りたいと思
っていましたが、寝ている内に通り過ぎたのですから何ともしようがありませんでした。それでも、ダイアモンド・
プリンセスから見る横浜港の景色は出航する時にも思いましたが、なかなかのものだと思いながら見ました。
   
午前5時半過ぎに「ホライゾンコート」に最後の朝食を食べに行きましたが、下船日で早くから下船する人もいる
ので、混雑していると思ったら、時間が早いからか、いつもと変わらない感じでした。
私達の下船時間は午前8時50分に指定されているので、いつもよりゆっくり食事をして午前7時過ぎに部屋に帰
り、最後の荷物確認をして、午前8時に部屋を出て、7階の「クルナーズバー」で待つ事にしましたが、時間があっ
たので買う積りはありませんが、写真を見に行きました。昨夜の「サボイダイニング」にカメラマンが撮りに来た
写真が展示してありましたが、最後に買いに来ている人達も結構いました。
   
時間が来たので、下船待機場所の6階の「パシフィックムーン」に行くと同じ時間の人達が待っていました。午後
8時50分に係員に誘導されて下船しましたが、横浜大さん橋は船の6階からそのまま下船出来るようになってい
て、ターミナルに入ると昨夜出しておいたスーツケースを探して、それを持って税関検査(形式的)を受けた後、
スーツケースを佐川急便まで持って行くと、名前を言うだけで受け付けが出来、その足で表のシャトルバスでJR
桜木町駅まで行き、横浜線で新横浜駅に出て、新幹線で名古屋、中央線で春日井駅、駅から名鉄バスで自宅に着
いたのは午後1時頃でした。
   
今回の「ぐるり北海道周遊と知床クルージング・サハリン10日間」のクルーズは私達にとっては去年に続いて2回
目でしたが、爽やかな夏の北海道を想像して行ったのが、小樽以外は天気が良くなくて少し残念でしたが、船内
で朝食やオープンシーティングで一緒の席になった方に話を聞くと、クルーズが初めてという人より3回目4回
目という人が多く、中には数十回で”飛鳥”や”パシフィックヴィーナス”、”にっぽん丸”等色々な日本の船や外国
船に乗っていると言うご夫婦もいて、東京の兄夫婦ばかりでなくクルーズ好きな人達が、結構、多い事を知りま
した。確かにクルーズはのんびり日光浴や泳いだりできるし、色々な教室に行けば忙しくもなるので、自分達の
考え方で毎日の過ごし方を選べるのが良いのかなと思いました。家内にとっては食事の用意も掃除もしなくて
も良いのが一番かもしれません。次回をどんなクルーズにするかは自分達だと思って楽しみたいものです。
7月7日(木)
今日は24節季の夏の暑さが本格化する小暑だそうですが、朝起きたら雨が降った後があったので、夜中に降っ
たようですが、朝の涼しさはありませんでした。日中は雲一つ無い天気になり、我が家の温度計も再び35℃を指
していましたが、このままの状態が続けば”七夕”の天の川も見られそうです。
明日からダイヤモンド・プリンセス「ぐるり北海道周遊と知床クルージング・サハリン10日間」のクルーズに出かけ
るので、先日、出した荷物の他に持って行く薬や日用品を確認しましたが、今回はほとんど北海道を回る国内ツ
アーのような感じで、1日だけロシアのサハリン島(樺太島)のコルサコフに寄港しますが、それ以外は釧路・小樽
・函館・青森と日本国内ばかりですから、海外ツアーの扱いになっていること自体が不思議な感じですが、いずれ
にしても、久し振りの北海道を楽しんできたいと思っています。
7月6日(水)
朝起きて新聞を取りに出ると、地面が濡れていたので、さっきまで雨が降っていたのだと思いました。そのせい
か、グリーンカーテンの朝顔やゴーヤが元気になっているように見えました。今年は家内が朝顔とゴーヤを一緒
に植えたプランターがあるので、今では朝顔とゴーヤが入り混じって蔓を伸ばして花を咲かせています。
ゴーヤは全体に伸びて一面に黄色の小さな花を咲かせ、一部は小さな実を付けていますが、朝顔は端の方で1
輪か2輪の花を咲かせますが、直ぐに萎れてしまいます。昨日、濃い紫の花を1輪、今朝は薄いブルーの花を1輪咲
かせていましたが、昼前には小さくなっていました。
   
昨日より少し腰の調子が良くなったので、午前9時過ぎに家内がお茶の稽古に出かけた後でゴルフの練習に行き
ました。1階打席はいっぱいだったので2階打席で練習をしましたが、今日はドライバーが上手く打てて、久し振り
に気持のよい練習が出来ました。
7月5日(火)
朝から強い日差しが照り付ける暑い日になりましたが、家内は午前9時過ぎに「誠武館」婦人剣道の稽古に出か
けました。私は午前中、ゴルフの練習に行く積りでしたが、腰の調子が今一つなので、午前10時過ぎに久し振りに
潮見坂平和公園へウオーキングに行きましたが、既にかなりの暑さになっていました。
40分程歩いて家に帰ると汗びっしょりになり、庭の涼しい所に置いてある温度計を見ると、35℃を指していたの
で、今日の最高気温は36℃か37℃になると思いました。夕方のニュースで多治見の最高気温が37℃だったと言
ってたので、ヤッパリと思いました。
夕方、裏のYさんの奥様から家内に電話があり、家内がレシピを書いて渡しておいた”きゅうりのキューちゃん”を
作ったら、美味しく出来たというお礼と、また、きゅうりを貰ってほしいと言う事でした。というのも、先日、出来過
ぎたからとYさんから頂いたキュウリで家内が”きゅうりのキューちゃん”を作って持って行ったら、美味しかった
ので作り方を教えてほしいと言われ、レシピを書いて渡してあげたからです。
Yさんの奥様はずっと以前から難病と闘いながら、前向きに頑張っている人で、不自由な体でも色々な事をやっ
て、少しでも生活を楽しみたいと思っているのが分かるので、高校の先輩でもある家内も機会があれば協力して
いるようです。私は奥様とは話す機会はありませんが、Yさんとは大掃除や団地の行事の時に顔を合わせて話
す事が多いので、ご夫婦で頑張ってほしいと思っています。
7月4日(月)
今日は下の孫のnt実の幼稚園の七夕会があり、今年が幼稚園最後だからと言うので、家内と二人で七夕会に行
く事になり、午前8時過ぎに家を出て、ガソリンスタンドによって給油をしてから娘の所に行きました。午前9時頃
に娘の所に着くと、娘母娘はまだ幼稚園に行く前だったので、一緒に幼稚園まで行きました。
 午前9時50分からnt実のいる年長さんの白組から最初の演技が始ま
り、歌と楽器の演奏を全員で上手にやりました。次に年少さんの合奏
と歌があり、4組目に年長さん合同の英語の歌の合唱を聞いてから義
母の入所している施設「生楽館」に行きました。
1年ちかく行ってなかったので、私の事が分かるかなと思っていたら
、家内が部屋に入って、私が誰か分かるかと聞くと、直ぐに「makoto
さん」と言ったので、まだまだ大丈夫だと思いました。
午後1時頃に義妹のkodamaさんが来たので、私は栄の中日ビルにあ
る北海道事務所に北海道クルーズの資料を探しに行き、何点かの資料を貰って帰りました。途中で急な天候異変
で雷と豪雨に遭いましたが、車だったので濡れる事も無く、大して被害はありませんでした。
午後4時過ぎに「生楽館」に寄り、家内を乗せて帰りましたが、義母の部屋に入って挨拶をしても返事がないので
私だと分かっても、以前のように普通の会話は出来なくなって来ているかなと思いました。
7月3日(日)
朝から暑くなりましたが、天気予報通りに昼過ぎに急に雲が出て今にも降りだしそうになりましたが、結局、降ら
ず、夕方から急に突風が吹き出したので竜巻でもあるのかなと思ったら、2,3分で治まり、雨が降りだしました。
昼過ぎに宅配便がクルーズの荷物を取りに来たので、スーツケースを2つお願いしましたが、今は旅行でも大き
な荷物は宅配便で空港や旅行先に送っておいて手ぶらでそこまで行けるのですから、本当に便利な時代になっ
たと思いますが、その分、お金も掛かりますから、判断が難しい所だと思います。
7月2日(土)
午前9時過ぎに久し振りにモスバーガーの店にお茶を飲みに行きました。いつもの様にゴルフ仲間が集まっての
ゴルフ談議が始まっていました。理論は分かっているが、その通りに打てなくて、打ち方が分からなくなったとか
パターはこう打つべきだとか、幾つになってもゴルフに対する研究心が旺盛なメンバーには感心します。
今日は早めに解散になったので、床屋に行ってから、まだ10時半だったので、「皿貝接骨院」に寄り、腰の治療を
してもらってから帰宅しました。
天気予報では真夏日になるかも知れないと言ってましたが、家の中にいても汗が滲んでくるような日になり、夏
本番と思わせる暑さで、我が家も初クーラーを点けましたが、梅雨明けはまだ先のようです。
午後4時から市民プールに行くと、土曜日とあって家族連れや小中学生などでいっぱいでしたが、午後5時半を
過ぎると、急に減って来て、私が帰る午後6時には来た時250人以上いたのが、60人程度になっていたので、晩
ごはんの時間に合わせて、皆さん、家に帰るか食事に行く事が良く分かります。
7月1日(金)
今年も早くも半年が過ぎ、今日から7月ですが、朝起きて空を見ると、久し振りに朝から青空の見える天気だった
の気分的には気持も明るくなる感じになりました。
今日は”雑節(ざっせつ)”の「半夏生」と言う日だそうですが、”雑節”というのは二十四節季とは別に季節の移
り変わりをより的確に掴むために設けられた特別の暦日の事を言うそうですが、名前の由来は”半夏(鳥柄杓:カ
ラスビシャク)”という薬草が生える頃とか”ハンゲショウ(カタシログサ)”という草の葉が名前の通り、半分白く
なり、化粧しているようになる頃とも言われているようです。
農家にとっては大事な節目の日で、この日までに田植えを終える目安で、この日から農作業を5日間休みとする
地方もあり、讃岐ではうどんを食べる習慣があったり、近畿地方ではタコを食べる習慣があったりと、地方によっ
て色々な風習が残っているそうです。
我が家の庭でも”ハンゲショウ”が白く化粧をしていますが、一方、白や紫のキキョウが既に咲いており、蝶々が
ニンジンボクの花の蜜を吸っていたりと夏本番と言うか季節がどんどん進んでいる感じがします。
   
午前10時から「南部中国語同好会」に行き、終わってから、半年に1回の昼食会が「マーキーズ」というパスタの
店であったので参加しました。トマトソースの海鮮パスタを食べましたが、パスタの太さや茹で加減が私の好みと
一緒だったので、おいしく食べましたが、お店が狭く、お客さんが待っているので落ち着いて話も出来ず、私は
午後からの「坂下パソコン同好会」の事もあったので、午後12時半にはお店を出て坂下公民館に向かいました。
 午後1時過ぎに坂下公民館に着き、久し振りに皆さんと顔を合わせる
と、「何処かに行ってたの?」とか「元気にしてた」と言われてしまい
ました。先回、1回休んだだけですが、この所、月に1回位しか出席して
いないせいで、皆さんに心配かけているのかなと思いました。
「坂下パソコン同好会」も2008年4月に始まって以来、既に8年以上に
なりますが、当初のメンバー17名も少しは変わりましたが、今では定
員の20名をほとんどきる事が無く、他の同好会が存続に四苦八苦し
ているのを尻目に皆さん熱心に学んでいます。
それと言うのも、当初からこの同好会の面倒を見てくれているK.N先生の人柄が大きいと思います。一度聞いて
もすぐ忘れる歳のメンバーを叱りもせず、忘れるのが当たり前のように言ってくれて、来ているメンバーも気楽
に続けられるし、私の様に良く欠席するメンバーにも気を使って教えてくれるのでついつい甘えて仕舞うのが、
長く続いている要因かもしれませんし、私自身、ボケ防止の為にまだまだ続けるつもりです。
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